人だかりも散り、再び玄関通路へと集合する俺と捻百舌鳥。
「すめしで良いわ。そっちの方が言いなれてるでしょ?」
「日常会話であんまり酢飯も言わないけどな」
ちなみにイントネーションは『す』の、頭高である。
カルビと一緒よとは、彼女の言。
とにかく。
俺たちは集合し、汎用ダンジョンがある方へと道なりに進む。
「……で、何だったんだよさっきのは。ちょっとは疑えとかなんとか」
「だって。アナタがあまりにも、人を簡単に信用するから」
と言われてもな。
「俺だってすめしのことはよく知らないけどさ」
「そうでしょう?」
「でもほら、カルマさんが『いいよ』って言ってただろ?」
「は……?」
「あ、正確には、太陽みたいな笑顔でハンズアップしながら、『いいよー!』だっけ」
とにかく。
「俺が信用してるあの人がオッケーを出したんだ。
ならたぶん、大丈夫ってことなんだろうさ」
それを受けて、彼女はぽかんとした顔を見せた。
「アナタ……、そこまでキバちゃんを信用してるのね」
「キバちゃん? あぁ、カルマさんのことか……」
そんな可愛らしい呼び方するのか。
確かにカルマさんはちゃん付けで呼ばれてそうではあるが、他人をちゃん付けで呼ぶ捻百舌鳥 逆示というのは想像つかないな。
いや、イメージが先行してるだけなのかもな。
もしかしたら中身は普通の女の子なのかもしれない。
「キバちゃん、もずみんの間柄よ」
「いやもずみんは草だろ」
「さすがに冗談よ」
「冗談の境界線が分からなさすぎる……」
淡々とした表情でギャグを言わないでほしい。
ボケるなら分かりやすく。
コミュニケーションの基本である。
まともに会話するようになって、まだ一時間足らずだからな?
何ならお前のキャラクター性すら、こちらは把握してないんだからな?
はぁと俺がため息をつくと、彼女は仕切り直しとばかりに手を叩いて言った。
「まぁ――――分かりました。
ありがたく、同行していただくわ」
「そりゃ何よりだ」
彼女は立ち止まり、綺麗な指をこちらにすっと向ける。
「あらためて。捻百舌鳥 逆示よ。よろしく、月見くん」
それはどことなく。
ルビが振ってあるような。
こちらへの親切心に溢れている、心が近まったような、挨拶だった。
「球太郎か、もしくはカルマさんと同じく、タマでいいよ」
よろしくと、俺も手を握り返した。
連れ立った時と、互いに同じ手の形だったけれど。
今はとても、心地のよい握り返しだった。
すめしのことを話すと同時。
少しだけこの学園のことを話しておこうと思う。
カルマさんの経歴説明時にも少し触れたが、ここは元々有名なお嬢様学校だったのだ。
セピア丘学園。
元、女神ヶ丘女学院。
通称メガジョ。そんな場所。
地元でも有数の大きな学校で。小中高からはじまり、大学院まで全て一貫。途中入学もアリ。
とんでもない敷地にとんでもない生徒を誇る、名物お嬢様学校と言える場所だった。
しかし遡ること六年前。
なんの世界のいたずらか、ダンジョン発生地の一つに、この学園の土地は選ばれた。
世界各国に突如として発生した所謂『ダンジョン現象』は、瞬く間にこの女学院を破壊し、崩壊させ、作り替えた。
ただ、そこは経営陣。
世界情勢にも常に目を向けていた彼らはすぐさま状況を察知し、頭を切り替えた。
百年を超える歴史にあっさりと終止符を打ち、被害に遭った生徒たち含む事後処理も完璧にこなした後、ここをダンジョンへ潜る者たち――――すなわち、『冒険者』育成施設に変造したのだった。
常に新しいダンジョンが発生してくる土地。
元々あった学院の施設は、ある意味完璧にマッチした。
世界有数の冒険者育成施設に姿を変えたココは、昔の女学院以上に知名度を跳ね上げ、六年経った今でもトップクラスの冒険者学校に当たる。
そんな我らがセピア丘学園は。レベルは高いが入るのは簡単で。ただし出るのが難しいという、どういう経営方針を辿ったのかは分からないが、そんな校風となったらしい。
十歳から二十二歳までの冒険者志望なら、誰でも大歓迎。
しかし将来も、命の保証も、いっさいしない。
ここに入ったからには、ある意味プロとして扱うということなのだろう。
個人個人に降り注ぐ、責任部分も含めて。
だから通う人の年齢はばらばら。学年もあってないようなものだ。
例えば俺は、高校二年生の春に。
例えばカルマさんは、高校三年生の春に。
年は一つ離れているものの、経歴は一緒。
同じ年に入学し、同じ一年を過ごしてきた、いわゆる『同期』に当たる。
すめしに関しても、同期なのだが――――、コイツの場合は、俺たちとは少し事情が異なってくる。
彼女は小学六年生まで、この学園に居た。
まだ校名が女神ヶ丘女学院であった頃。
そして、ダンジョンが発生してきたそのときまで。
この学園の土地の生徒だったのである。
「ハッ!」
「おお~……」
二人して汎用ダンジョンを進む。
剣を振るってモンスターを倒すすめしを、俺は後ろから呑気に眺めていた。
「ちょっと、気を抜かないでよ?」
「大丈夫だよ。一応備えてるから」
「ならいいけど」
言って彼女は、すたすた先へと進んでいく。
軽鎧とは言え、魔法剣士用のプレートを纏っているとは思えない足取りだ。筋肉量の無い俺が着たら、もしかしたら短時間歩いただけでもバテてしまうかもしれない。
「つまり、私の身体が太いって言いたいの?」
「言ってないだろ」
「確かに太腿と胸は、平均よりも大きめね」
「人にもよるけど、それは基本的に加点要素だぞ」
「腰も頑張って肉を付けようとしているわ」
「逆にそこにはあんまりついてないのか。理想形じゃん」
「太いのかしら……」
「太くないって。
それに、お前で太かったら大体の女子は太り気味だよ」
「そうなのね。ありがとう」
「そこで素直に受け取るのも、逆に嫌味な気もするな」
すめしは淡々と。
勝気な表情のまま、笑うことなく彼女は返事をする。
日常会話(?)をしながらも、颯爽と先を行く彼女の赤い髪を、ダンジョンの風が柔らかく撫でた。
さて。
俺たちが今日参加しているのは、学園で行われる技能テストだ。
本来ならばパーティごとに定められたダンジョンへ潜るのだが、今回は違う。
「二人から四人でチームを組んで参加。しかも、他のチームとの点取り合戦かあ」
「そう。どうしても参加しておきたくてね」
ワンフロア・迷宮タイプのダンジョンへと、複数の冒険者(見習い)がそれぞれのスタート地点から同時出立。
迷宮内に潜む大量のモンスターを、どれだけ多く倒せるかの勝負らしい。
「じゃあカルマさんも誘えばよかったんじゃないか? 最大四人で参加できるんだろ?」
「これ、二人以上に人数を増やすと、一体あたりの得点が減るのよ」
「なるほど。つまり、最大四人で大量のモンスターを倒すやり方でもいいし、少数精鋭でモンスターを倒していってもいいわけか」
「そういうこと」
なるほどなと俺は頷く。
得点分散があるのならば、確かに二人で挑んだ方が効率良いかもしれない。
それにすめしは、一人で戦ってたとしても、四人分くらいの働きで大量のモンスターを倒せるだろうし。
ペアさえ組めれば誰でも良かったのかもしれない。
……と納得しかけたところで。
まだ解消できていない疑問は残っている。
「だから……。それで、何で俺?」
クエスト条件の理由はまでは分かったのだが、それはやはり、わざわざ俺でなくても良かったはずだ。それこそ、顔見知りのカルマさんとか。
参加する道中では、会話の流れとかでそこを確認出来なかったからなぁ。
俺が訪ねるとすめしは、口調を変えずに言葉を発した。
「カルマが自慢してたのよ、あなたのこと」
「そうなんだ?」
そして年上なのに呼び捨てなのか。とは、ここでは一旦スルーしておくとして。
あのダンジョン攻略の後も。
俺たちは都合二度ほど、パーティを組んで連携を高めあった。
けれどカルマさん、自慢とかするのか……。
うーん……、あ、でも若干想像できるな……。
「でも、それにしたってEランクの俺と、ねぇ……」
俺がぽつりと漏らすと、すめしは首をかしげる。
「え、あなたってまだEのままだったの?」
「申請出すときに確認しなかったのかよ?」
「名前と見習いナンバーだけで良かったから、ついね。
パーティ組むから、そのときに確認すればいいと思っていたわ」
すめしは意外と大雑把だった。
俺のステータスを確認した後、「本当ね」と頷く。
「本当ならDには上がってる功績らしいんだけどね。
ただ、組んでるのがカルマさんだからさ。ほとんど彼女のお陰だろうって判断みたい」
実際その通りだし。
かつ――――、俺はこれまでのマイナスイメージもある。
ランク制度は、基本的には加点方式だからクエストをクリアしていけばいつかはランクが上がるものなのだけれど。俺の場合はこれまでに、『パーティに迷惑をかけている』というマイナス点があるのだ。
「そういう項目は無かったはずだけれど」
「そうなんだけど……、俺の場合は、これまでがあまりにもすぎてさ」
これまで参加したクエストには。
傍から見れば、俺のせいで失敗したというクエスト結果があまりにも多すぎる。
一緒に組んだDランクの前衛たちも、俺以外と組んでいたらとっくにCに上がっている……ということも起こりえるのだ。
「他の人の貴重な時間を無駄にしてた……かもしれないんだ。甘んじて受けるさ」
「……そう」
「そうなんです」
というわけで、しばらくはどんなに頑張ってもせいぜいDに上がるくらいだろう。
卒業見込みのAには、まだまだ遠い。
ちなみにカルマさんは。
昇級こそ無かったが、あれから少しだけ座学にも出るようになり、教員たちの評価が少しだけ変わってきているらしい。
……そうなっただけでも、頑張ってクエストをクリアした甲斐もあるってものだ。
「まぁ、タマが納得しているなら、それでいいわ」
「してるさ。それに、まだまだ頑張るよ俺は」
「そうなのね」
「というか親の反対を押し切って来てるからね……。もう半ば、諦められないと言いますか……」
ため息をつき肩を落とすと。
ふいに頭を撫でられた。
無表情気味のすめしの掌が、俺の頭の輪郭をなぞる。
「……おっと?」
「えぇ。頑張っているみたいだから」
何だかカルマさんみたいな行動だった。
彼女のときもそうだが、頭を撫でるにはある程度近くに来なければならない。
鎧の上からだというのに、胸の形に膨らんだ部分が当たりそうで、やや動揺してしまう。
「ど……、どうも……?」
籠手越しのなでなでだが、妙に温かみを感じた。
ううむ、捻百舌鳥 逆示。
ともするとバブみを感じてしまいそうになる危うさがある。
「……ってまた逸れてる!
結局、俺に声をかけた理由ってのが不明瞭なままなんだけど」
「そうね。それは――――、ッ……!」
話を続けようとした瞬間だった。
ダンジョン内モンスターと、遭遇する。
大きさとしては俺たちの腰元くらいの、小さなゴブリンタイプのモンスターだった。
緑の肌に、小さいが尖った牙と、敵意むき出しの視線が光る。
「タマ。構えて」
「おう」
「あなたの力、私に貸して頂戴」
その凛とした声は。
ダンジョンに響き、開戦を告げる合図となった。