「カルマ、こいつ借りるわよ」
「いいよー!」
「えっ」
それは。
四月も半分が過ぎた頃。
唐突に扉は開かれ。
俺とカルマさんの元へと、一人の女生徒が現れた。
その後――――、まるで決められた呪文を口に出すがごとく、それはもうすらすらと言い放ち、俺の手を引いて自習室から連れ出す女生徒。
腕力の強さ以上に、そのスピーディさに、俺の脳はついていけない。
「えっ? えっ? ……えっっ!???」
狼狽する俺とは対照的に。
動じることなく彼女はすたすたと歩いていく。
歩幅は均一。
けれど、急いでいるけど走っていない。育ちの良さが伺える歩行術だった。
「ちょ、なんなんだよ……!」
白い彼女の掌は。細い見た目に反して力が強い。
さながら万力に締め付けられているかのように、がっちりと俺の手をホールドして離さない。
「待てって! 説明をしろよ……!」
クールな出で立ち。綺麗な所作。
しかしそれとは相反する、勝気な眉と情熱の瞳。
「待てって! ――――ひねもず!」
肩口で切りそろえられた赤い髪がぴたりと揺れて。
彼女、捻百舌鳥 逆示は動きを止めた。
一瞬の後。
俺の手を握ったまま彼女はくるりと振り返り、口を開く。
「付き合って、月見くん」
育ちの良さそうな令嬢……に見える女は。
そうして整った音圧で、綺麗に力強く、言うのだった。
「ダンジョンよ」
「そんな気はしたよ」
悲しいかな。
カルマさんとつるんでからこっち、トラブルが舞い込んでくる可能性は、俺も考慮していたのであった。
捻百舌鳥 逆示。
彼女の名前を知らないヤツは、この学園にはいないだろう。そう言わしめるほどには、ひと際有名な人物である。
魔力により変色したというには、あまりにも綺麗に染まりすぎた赤い髪。
きりっとした目つきには、勝気な中にもどこか上品さを醸し出している。
スタイルもよく、噂によるとFカップ。腰の位置も高く、手足もすらりと長いフィギュア体型。
いつもつけている、お決まりの髪留めだけが似合っていない。しかしそこも、彼女を取り巻く話題の一つとなっている。
そんな外見に加え。
仰々しい名前。
てきぱきとした所作。
俺と同じ編入歴なのにも関わらず、常に成績上位キープ……などなど。
パーツだけにとどまらず、行動までもが目立つご令嬢なのだ。
そして。彼女もまた、カルマさんと同じく。
小学生の頃から有名なスポーツ選手であり。
テレビで特集されるほどの知名度を持つ、女子テニス界のスターであった。
誰が呼んだか握りのエース。
幼少期から数々の記録を塗り替えた彼女は――――何故かこうして、ダンジョン学園に編入していたのであった。
「捻百舌鳥 逆示よ」
「あぁ、うん。知ってるよ」
ひねもず すめし。
常に名前にルビを振って欲しい女、ナンバーワンである。
漢字がとにかく仰々しい。
何かの技名だと言われても納得できるくらいだ。
「アナタに用があったのよ、月見くん」
「それはここに連れてくる前に言ってほしかったかな」
静かに淡々と。
しかしはっきりとした意思表示を、言葉で伝えてくる。
こういった主張をし慣れてる感がある。普段からというか、ずっと前からこうなのかもしれない。
「まぁ、道すがら話そうか。ダンジョン行くんだろ?」
「え……、そ、そうね」
「それじゃあ一旦冒険者用の装備を持ってくるから。ちょっと待っててくれ」
つかつかと歩いていたものだから、ここは既に校舎外に続く玄関通路だ。
一度引き返して荷物を取りに戻らないと、このままではダンジョンに行くことは出来ない。
「……ねえ月見くん」
「ん?」
「あなた、人を疑ったりとかしないの?」
「は?」
玄関通路はがやがやしていたため、一瞬聞き間違いかと思ってしまった。
綺麗な顔に少しだけしわを寄せて、彼女は訝し気な表情をこちらへ向ける。
……どういうことだ?
「いやいや。そっちが誘ったんだろ」
「そうだけど。なにかほら、罠じゃないかとか」
「何で捻百舌鳥が俺を罠にかけるんだ?」
「……いや、その」
珍しくどうにも煮え切らない態度の彼女。
まぁ俺も、話でしか彼女のことを知らないし。普段はこんな感じなのかな?
「ちょっとは疑いなさいよ」
「ぐぉ」
違ったみたいですね。
淀みの無い、綺麗な動きで胸ぐらを掴まれた。
百六十センチくらいの身体にしては、あまりにも力が強すぎる……。
「なん、なんなんだよ……! そっちから誘っておいて!」
「そうじゃなくて、アナタと私の温度差の問題よ!」
「いやいや、お前が先に(手を)握ったんだろ!」
「でもアナタも(部屋を)出たじゃない!」
「あんな強く握られたら(抵抗するのは)無理だよ!」
「(走るという意味での)かければいいじゃない!」
「急にあんなことされて我慢できるか!」
「柔なオトコね! ――――はっ!?」
『…………………………』
ヒートアップした言い合いは、どうやらだんだん周囲に聞かれていたらしく。
思い返してみると、ちょっと色々と省略しすぎていたため、もしかしなくても周囲に誤解されるような会話だった。
『出たとか……』
『いや、出したんじゃない?』
ひそひそはざわざわへと変わる。
すでに俺たちの周りには、けっこうな数の人だかりが出来てしまっていた。
『そりゃあのビジュアルのやつに強く握られたらなぁ……』『なんか、捻百舌鳥さんの方から誘った……みたいな?』『あたしもそう聞こえたけど……』『つーかアレ玉突き野郎じゃね?』『まだ学校居たんだ』『気にくわねえなぁ』
『二人の温度差が問題だって……。認知しないって……』『中〇し迫ったのって女の方?』『いや出したかったのは男なんだろ?』『オトコだねー』『いや認知しないのは男らしくないでしょ……』『おっぱいでかくね?』『前よりでかくなってね?』『髪留め似合ってないよね?』『そこ以外はマジでパーフェクト』『服の繊維になりたい』『俺は化生パウダー』『アイライナーの座は貰った』『え、じゃあ妥協してクソダサ髪留めにするわ』『髪留めはマジでださい』
『なんかエースが〇〇〇握ったって』『出したの?』『え、今握ってんの?』『あの男の〇〇〇そんなにイイの?』『俺も握って欲しいんだけど』『握りのエースってそういう?』『でも握力やばいらしいけど、それって耐えられるの?』『男の〇〇〇も硬いんじゃね?』『じゃあそんな硬いの握ったってことかよ!?』『〇〇〇が鉄みたいに硬いって』『え、男の人ってそんなに硬くなるの? こっわ』
人が。
人が多い。
言いたい放題囁かれた彼女は、わなわなと震えた後、言い放った。
「――――〇〇〇は握ってない!!」
なるほど。
怒りで自分が見えなくなるタイプと見た。