それは。このクエストに入る少し前。
こんな展開を目の当たりにするとは、露程も思っていなかった俺と、カルマさんとの会話である。
「ねぇタマ?」
「なんですカルマさん?」
「キミ、ボクの身体についてどう思う?」
「はぁ!?」
唐突な質問だった。
彼女の身体についてどう思うかと問われれば、それはもう答える単語は決まっている。
「ホラー映画です」
「なるほど! 怖いとエロい、だね!」
「よくわかったなアンタ!」
理解の仕方がすさまじかった。
絶対伝わらないだろう表現を使ったのに……。
「まぁありがたい評価だと受け取っておくけれど、ボクが聞きたいのはそういうことじゃなくてね」
「どういうことです?」
「ボクの、身体能力のことだよ。思ったことを、しょーじきに」
「あぁそういうことですか……」
言って俺は、彼女のステータスを改めて見やる。
物理攻撃:A 魔法攻撃:C
物理耐久:F 魔法耐久:E
敏捷:A+++ 思考力:A+
魔力値:A 魔吸値:B+
「そうですね……。
スピードと攻撃力全振り。その代わり防御がかなり薄い」
「正解!」
言って、いつものように頭を撫でられる。
今日はちょっと柑橘系の香りがした。
「何というか、極限まで薄くした剣……ってイメージですかね」
切れ味は鋭いが、その分身を薄くしているので、脆く折れやすい。
外見通りというか何と言うか、ステータス表記上でも、物理耐久:F、魔法耐久:Eと表示されていた。
「装備で防御力を上げることも出来るんだけどさ。それだと、肝心のスピードが死んじゃうんだよねー」
「確かに」
そもそも彼女の動きは、サッカーで培った動きを基本に据えている。
だから武器や盾など、手に何かを掴んで動くことを前提に出来ていない。防御力を上げる上げない以前の問題なのだ。
故に――――彼女の戦い方は、常に綱渡りとも言える。
回避できなければ。
もしくは、やられる前にやらなければ、ゲームオーバーだ。
特に物理耐久:Fなんて、下手をしたら学園の汎用ダンジョンにいる雑魚モンスターの攻撃でも、致命傷になってしまうほどだろう。
プロ冒険者が潜るこのダンジョンとあってはなおさらだ。
どんなモンスターの攻撃を受けても、一撃で死につながる。
「楽しいよね!」
「イカれてますね」
ギャグのツッコミではない。
本当の意味で、ネジが外れていなければ、そんな戦闘方法を取ろうとは思わないだろう。
「まぁだから、ボクはずっと探してたんだよ」
「え?」
「ボクだって人並みに、死にたくない気持ちはあるからね!
万が一攻撃を受けそうになったとき、ボクを守れる人を探してた」
そう、言い切って。
カルマさんは小さな指先ですっと俺をさした。
「――――、」
数ある冒険者の中で、どうして俺なのか。
彼女の日ごろの行いに問題があるとは言え、それでもBランクだ。声をかければもっと高ランクの冒険者だって集まるだろう。将来性を考えれば、プロだって来てくれるかもしれない。
「まぁ、今は防御魔法を使えなくなってるかもしれないけどさ」
「そ……、そうですよ。今の俺は……」
「それでもね」
言って彼女は、柔らかく笑う。
「ボクの手綱を握るのは、キミだと思ってるよ」
最強の矛と盾ということ――――とは、また違うのか。
これはきっと、相性の問題なのだろう。
「月見 球太郎が考える、戦場での最適解。
それがきっと、ボクの助けになる日が来る。そう思った」
だからこその、パーティのお誘いだった。
だからこそ、彼女はずっと俺を探してた。
あの映像を、見たときから。
「その熱意に……、俺は答えられますかね?」
だから。
俺も一歩、踏み込んでみることにした。
いつまでも言い訳がましく、『低ランク』だからと俯いていたって仕方がない。
俺の実力がどうこうは、今既に、関係ないのだ。
もうパーティは組まれてある。前に進むとも決めている。
ならばあとは――――意志だ。
「カルマさんは、自由に戦ってください」
彼女はそんな俺を、とても嬉しそうに見返してくれていた。
「俺の考える最適解で、あなたを絶対助けてみせます」
――――そんな思い出が、刹那の間によぎる。
戦闘は行われようとしている。
エンジンはすでに温まっていて。
後は誰かが。もしくは何かが、チェッカーフラッグを降ろすだけ。
それだけで、時間は一気に動き出すだろう。
「DhhhhhhLLL……!」
「あはっ、はははははははっ!」
音にもしがたいデーモンの嘶きを聞いて、彼女は尚も笑う。
切りそろえられた前髪の奥。
その大きな瞳が。眼光鋭くターゲットを見据える。
ぐっと身体に力を入れたのは、両者同時。
魔力が膨らんでいくのも、両者同時。
そして、動き出したのも。
両者同時だった――――否、
三者同時だった。
「やあああああああああぁぁぁぁッッ!!」
「LLLLLLrrrr――――!」
「――――、」
カルマさんは、デーモンを中心に周囲を駆け回る。
中空へと魔力による壁を、一瞬だけ生成できる。それによって彼女は、中空でもお構いなしに方向転換できるのだ。
「あはは、ははっ、はははッッ!」
縦横無尽な三角飛びの連続。
遠目から見ていると二段ジャンプをしているようにも見える彼女は。一筋の閃光となって、力任せに投げたスーパーボールのように部屋の中を跳ね回っていた。
対するデーモンは、打たれ強さを利用して魔力を貯めている。
カルマさんの一撃一撃は、既にもう何発も炸裂している。
しかし致命的な部分への攻撃以外は気にも留めず、己の身体の『中』へと魔力を収束させていた。
「オオオオオオッッ!」
ラッシュは身を襲う。
カルマさんの一撃一撃は、冒険者の中でも高ランクの、Aランク物理攻撃だ。
しかし――――、それでもデーモンの外皮は破れない。
頑丈な肉体以上に、魔力による防護障壁が、ダメージを軽減させていた。
「くっ……!」
思わしくない展開だ。
珍しく苦い顔をしながら、一度カルマさんは着地した。
彼女のスタミナは、スポーツで鍛えていただけあって十分なものだ。しかし魔力の壁をずっと出し続けながらとなると、話は違ってくるのだろう。
「まだまだ……」
魔力回復アイテムを取り出し、一気に飲み干し回復を行う。
一瞬の魔力壁。
あれはおそらく連続で使い続けると、消費量がどんどん上がっていくようなものなのだろう。
任意発動能力欄には載っていなかったから、もしかすると正規の魔力の使い方では無いのかもしれない。
「これからだよッ!」
彼女は再び立ち向かう。
だから――――三者目の。俺の行動だ。
「………………、…………、」
呼吸音が聞こえる。
彼女はすでにトップスピードで、目で追えるものではない。
デーモンも同じだ。次にどんな行動をとってくるか分からない以上、迂闊に行動を予測するのは危険行為である。
だから。
俺も彼女に、運命を託すことにした。
「……ッ!」
走り出す。
とある地点へ。
俺は俺の最適解を持って、二者の世界へと割り込んでいく。
「――――、」
時折見える彼女の残滓の一つと、目が合ったような気がした。
一刹那の邂逅。一瞬のアイコンタクト。
だけど、俺たちにはそれだけで十分だ。
詳しい作戦など伝わらない。
伝えなければならないのは。――――そこに迷いはないということだけ。
「うあああああっっっ!」
俺の走りは当然遅い。
何のスキルも使っていない、凡人以下の速度である。
だから勿論、デーモンにも簡単に捕捉される。
悪魔の身体がこちらへぐるりと向き、邪悪な腕がこちらへと向いた。
「――――、」
俺は、思い出す。
彼女の言葉を。
『例えば、サッカーのゴール前。
毎回ボクが華麗にゴールを決めてるかのように思われるけど、そうじゃないときも当然あった』
視線は、人も、モンスターも、雄弁だ。
『他のメンバーがディフェンスを引き付けてくれているから。一瞬でも自分がシュートを打つと見せかけてくれるから、ボクへのマークが甘くなるんだ』
そう。
他のメンバーが。
ディフェンスを、引きつけた。
「さぁ、カルマさん」
俺の役目は、ただ一握りのスパイス。
一手だけ、デーモンの手数を誘導できればそれで良い。
何せこの場には、その一瞬時間の隙間をつける――――悪魔以上の、魔人がいるのだから。
「――――マークは、甘くなりましたよ」
魔力は収束され、そこからは波動が繰り出される。
ことは、無かった。
「Dhhhhhh……ッ!?」
「遅い」
デーモンから見て右側。
完全なる視界外から。速度の魔人がやってくる。
「『白い――――」
振りかぶられる鉄靴。
その瞬間だけが、スローモーに見えて。
「――――足』ッッ!!」
そして、再び高速で時間は動き出す。
振りぬかれる右足。
吹き飛ばされる右腕。
デーモンの収束した魔力は、ついぞ放たれることは無く。
きりもみ回転しながら飛んで行く腕と共に、雲散霧消していった。
「Gh、LLLrrrrrrッ」
「無駄だよ」
着地と同時。
彼女は小さく、笑った。
「もうキミの、蹂躙時間は終わっている」
速度。
速度速度速度速度速度。
俺の目の前を様々な速度行為が、縦横無尽に展開されていく。
攻撃が速い。攻撃に移るのが速い。次の攻撃を思いつくのが速い。
走るのが速い。移動の判断が速い。身体の動きが速い。周りの動きが、遅い。
「あは、あははははは!」
「Dh、Dllr……」
「あはははははははッッ!!」
一つの行動の遅れは、
更に遅れを呼び、
誘発させる。
二秒、三秒、五秒、十秒……。
致命的なダメージは、留まることを知らない。
一ヵ所を防御すればもう一ヵ所が。次のダメージに意識が行けば新たなる傷口が。
既にフィールドはあの魔人の掌中だ。
こうなってしまえば、もう状況は覆らない。
「Rrr――――!」
残った左腕で何とか彼女を振り払おうとするデーモン。
しかし、その一手も悪手である。
「ははッ!」
「HLrrrrッッ!」
カルマさんの一撃は、首の大きな血管を抉り取ったようだった。
あふれ出る瘴気は、まるで返り血のように、彼女の顔に降り注ぐ。
そんな中、楽しそうに。
悪魔以上の魔人は舞い踊る。
中空で魔力壁を生成し、最後の一撃に飛び掛かろうとしていた。
「だけど、」
舐めてはいけない。
ここからもう一粘りが、きっとある。
カルマさんは強い。
今はもう、余裕で制圧しきろうとしている。
けれど忘れてはいけない。あのデーモンを見たとき、彼女は最初に、警戒していたのだ。
あのカルマさんが、そう思った。
つまり、デーモンはまだ力を振り絞ってくると思って良いだろう。
「カルマさん!」
「ッ!」
想像通り。
デーモンはその身を崩壊させながらも、残った左腕に強大な魔力を収束させていく。
先ほど俺に放ち損ねた魔力砲。
それと同種のものが、超至近距離でカルマさんへと放たれる。
「だけど――――!」
だからこそ、この一手だ。
デーモンが魔力を収束する頃には、既に俺の行動は完了している。
「タマ……」
ひゅーんと。
間抜けな軌道と共に、俺の魔力球が宙を舞う。
ゆるやかに弧を描くそのボールは。
サッカーボールと同じような大きさで。
それでいて、高密度。
彼女の動きから、プレイスタイルから、蹴りやすさから、俺が投げたらどれくらいでそこへ到達するのかから。
全て逆算した、ベストな位置だ。
「――――あは」
瞬間。
彼女の笑顔は先ほどまでの狂気ではなく、太陽のような笑顔に戻った。
放たれる、デーモンからの魔力砲。
フロアを破壊するのではないかと思う程の一撃が、彼女の居る宙へと迫り来る。
その、一瞬の後。
こちらの魔力砲も、放たれる。
「いっ――――けぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
流星が落ちる。
プリズムのような。それともオーロラのような。
彼女の魔力と俺の魔力。その両方が最大限に混じった魔力の色は、神秘的な色をまき散らしながら、邪悪な砲撃へと衝突する。
割れていく魔力砲。
貫く俺たちの、サッカーボール。
とんでもない膂力を纏った直径二十二センチの球体は。
こうして、恐怖纏う悪魔を。黒塵へと帰したのであった。