そういえばではあるけれど。
 この学園では年齢も編入歴もばらばらなため、学年の変わる『進級』ではなく冒険者ランクの上がる『昇級』が使用されている。
 二十歳までにCランクまで行けなければ、見込み無しとされ強制的に途中退学となってしまう。けっこうシビアな世界である。
 学費の払い戻しが無い以上、経歴的にもきつい。
 冒険者はプロになれなければ、なかなか潰しがきかないのだ。

「しかもキミ、確か両親の反対を押し切って通ってるクチでしょ? 奨学金の支払いは大丈夫なの?」
「な、なんでそれを……!」
「『仲間』のことだからね! 調べたよ!」
「そんなところまで……」

 まだ仲間になるかどうかわからない段階から調べ尽くすのは、一種の恐怖を感じますカルマさん。
 これから先、もしかしたら本人ですら知らない情報を彼女の口から聞くことになるかもしれない。そんなホラー展開を予想しつつ、余談は終わりを告げた。

「今日のクエストはどんなところなんですか?」

 先日は俺がクエスト内容を決めさせてもらったので、本日は彼女の提案に従うことにした。
 まぁ突拍子もない彼女でも、流石に俺を連れて無茶はしないだろうと思ったのだ。――――が、それが間違いだった。

「今日はとても単純なクエストだよ!」
「そうなんですか」

 この会話が嘘だったことが、一分後に判明する。
 あぁ俺の馬鹿野郎。
 彼女の性格くらい把握していればいいものの。

 仲間想いではあるものの、一番は自分の感情優先。
 やってみたい! してみたい! そんな挑戦心が先行することくらい、分かりそうなものだったのに。

「ワンフロアにボスモンスターがいるタイプのクエストだね。
 ターゲットを倒せばクエストクリアさ!」
「なるほど」
「なあに。ボクらの力があれば、余裕だと思うランクだから安心していいよ!」

 俺を連れていても問題無いということか。
 ならランクは、高くても見習いCランクくらいだろう。
 この間の見習いEは、やっぱり簡単すぎたからなぁ。

「お、始まるね」

 クエストの扉が開く。
 光が差し込むと同時、俺の目に入ってきたものは。
 神殿を模した汎用ダンジョンの壁と――――
 大量の、明らかに上級と思われるモンスターが目に入ってきた。

「嘘つき!」
「心外だよ!」

 ついぞ彼女の肩を掴んで揺さぶってしまう。
 って、……全然体感ブレねえ。どうなってんだこの人の身体。

「ワンフロアにボスモンスターとは!?」
「あぁ、あのモンスターたちは肩慣らしだよ。
 コレ系のクエストにはつきものでしょ?」
「いや、そもそもボス討伐系のクエストも初めてなんで……って、うわあ!?」

 こちらのことなどお構いなしに、襲い掛かってくるモンスター。
 そりゃそうだ。扉が開かれたということは、既にクエストは開始されている。

「うひゃー! イイ相手だね!」

 言いながらも、明らかに上級であるモンスター……フライドラゴンを蹴り倒す。
 細めの身体に獰猛な牙と爪を持ち、大きな翼で素早く飛び回るモンスターだ。
 それが。

「ご覧の有様に!?」
「一丁あがり!」

 おそらく見習いランクBレベルはあったであろうモンスターたちが、たちどころに瞬殺されていた。
 蹂躙である。
 これが平和な村なら彼女は魔王だ。
 このまま町娘を攫ってしまいそうなほど、このダンジョンという村を蹂躙しまくっていた。

「今日も絶好調!」
「不調のときってあるんだろうか……」

 改めて。
 目で追うのが困難だと、思った。
 小柄な体からは想像できない蹂躙力。
 それを可能にしているのは、恐ろしいまでの、速度。

 透過(インビジブル)の魔法のように。
 幻惑(ハルシネイト)の魔法のように。
 影すら踏ませない速さを持ってして、敵を殲滅し、誰よりも撃墜数(スコア)を叩き出す。
 縦横無尽の(アンストッパブル)点取り屋(・ストライカー)
 それが冒険者、騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)の能力だ。

 彼女の駆け抜けた足跡(わだち)は、戦闘が終わった今も尚、凶悪にダンジョンのいたるところに残っている。
 これではどちらがモンスターか分からない。

「でもさっきも言ったでしょ? ココはまだ、肩慣らし」
「そうでしたね……」

 頷きつつ、俺は彼女の後に続く。

「ここからが、本番だよ」
「……っ」

 そう言い捨てる彼女の目は。
 とても真っすぐに、次の扉を見つめていた。

 いる(・・)
 あの扉の奥に。

 今蹂躙せしめた上級モンスター以上の。
 ナニカが。







 重く閉ざされた石の扉を。
 ゴゴゴンと、両手で開く。

「――――へへ」

 珍しく彼女は声を潜めつつ笑う。

「……?」

 違和感だ。
 普段の大きく口を開けての笑いではなく、こぼす様な嗤い。
 こちらを振り返る様子もない。
 と、いうよりも。
 振り返る余裕が無い程に、眼前から目が逸らせないということなのか。

「え……」

 おそるおそる、俺も彼女の視線の先へと目をやると――――

「……うぉ」

 つい、後ずさる。
 身体が、本能が、撤退行動を求めていた。

「あ、あ……、」

 そこには。
 一匹の悪魔がいた。
 あまりの威圧感に、冷たい息が漏れてしまう。

 眼光は鋭く。息は荒々しく。
 ひと際大きな空洞の部屋に、四メートルほどの巨体が、どんと構えて立っている。

「あれ、は……」

 デーモン。
 その名の通り悪魔を冠するモンスターで。
 邪悪な角のついた、髑髏を連想させる顔。
 筋骨隆々の身体に大きな翼と尻尾を持つその生物は、これまで見てきた中で、一番の危険度だと理解できた。

 扉を開けただけで、まだこのフロアに入っていないせいなのか。
 ヤツの顔はこちらを向いているが、全く攻撃のアクションを取らない。
 プロが潜る本来のダンジョンならばとっくに開戦しているだろうが、ここはあくまでも調整された学園用の(はんよう)ダンジョン。
 ここから一歩踏み込まない限りは、戦闘は開始されないということなのだろう。

 それが分かった俺はやや冷静さを取り戻し、彼女に話しかける。

「あの魔力の纏い方は、確実に『プロの』Cランク以上ですよね……?」
「そうだねぇ」

 敵の強さは、纏っている魔力の濃度でも測ることが出来る。
 先ほどのフロアでカルマさんが倒したモンスターも、俺にとっては十分未知の強さだと計測出来た。
 けれど、あのデーモンは未知すぎるしレベルが違いすぎる。
 この大部屋の隅々にまで広がる魔力。
 それがヤツの危険さを表していた。

「よし。行こう」
「は!? いやいや何言ってるんですか」

 ここは、試験官に異を唱える(・・・・・・・・・)のが正解だ。
 何たって、あまりにもランクが合っていない。
 この間潜ってきたダンジョンのモンスター。そいつらから漂っていた魔力でさえ、こんなことにはなっていないのだ。

「これは試験官の調整ミスです。あんなランクのモンスター、学生に戦わせるには危険すぎます」
「へぇそうなんだ」
「過去にも何度かあったみたいです。試験官がうっかり、『冒険者B』と『見習いB』を間違えて設定して、試験を開始してしまったことが」

 この学園はプロも訓練として使用する。
 なのでレベルは、上げようと思えばかなり上げることが出来るのだ。

「だからここは中止を申し出て――――」
いるのに(・・・・)?」
「……は?」

 彼女は、
 ずっと目を逸らさない。
 明るい笑顔でこちらを見かえしてくることは、無かった。

「いる。そこに、いる。いるんだよ。いるいる。たおすべき敵が。いどむべき敵が、いる」
「カル……、」
「いるいるいるいるいるいるいるいるいる、居るッ!」

 それは。
 これまでの彼女と、空気が違っていた。
 わちゃわちゃやって止められる空気。
 笑い話で済む空気。
 もしくは、ギャグの空気。
 すでにそんなものは、彼女から消え失せていて。

「はは――――はははははははッッッ!」
「……ッ!」


 俺の抑止は間に合わず。
 彼女は銀の足を持ってして、ロケットのように吹っ飛んで行った。


「ッ!?」
「ははッ!」

 モンスターは邪悪だし、ダンジョン内にしか生息しないが。
 そこには意志もあり、意識もある。そんな風にプログラムされている。
 だからあんな風に――――不意を突かれるということも発生する。

「そこ――――」
「……ッ!」

 カルマさんによる、意識外からの攻撃が炸裂する。
 ガゴン! と、鈍器と鈍器がぶつかるような音がした。
 天井の高い部屋に、重低音が響き渡る。

「うわ、角を……、」

 見るとカルマさんの放った一撃は、デーモンが有する邪悪な角を、根っこからへし折っていた。
 どくどくと頭蓋あたりから紫色の瘴気(けつえき)を垂れ流すデーモンと、攻撃を終え、着地して振り返るカルマさんは睨み合う。

 達人同士の真剣勝負。
 ひりひりとした空気が、静寂の中に萌芽していく。

「ああ……、あ、」

 ――――もう、逃げられない。
 どちらかが息絶えるまで、この戦いは終わらない。

 ここ一週間くらいの俺と彼女は。まだ、『冒険者』だった。
 ダンジョンのことを話したり。
 スキルのことを語ったり。
 色気づいたり、げんなりとしたり、けれどどこか和気あいあいとして。
 冒険者として、生きてきた。

 けれど。
 俺と彼女には決定的に異なる部分があった。
 どちらが上とか下とかでは無く、違っている部分。
 俺は、スキルもステータスも、これから知っていく知識も全て、『冒険』のためのものだと思っていたけれど。

 騎馬崎 駆馬は、違う。
 彼女の本質は――――

「戦闘狂、だ……!」

 俺は瞬間。
 あの記者会見の映像を、思い出していた。

 彼女がサッカーに分かれを告げたとき。
 各方面からは、かなりのバッシングがあったことも事実である。
 マイクを向けられフラッシュがたかれる中。
 聞くに堪えない質問が飛び交ったのを、たまたまテレビで見ていた俺ですらも、覚えていた。

『サッカーには飽きたということですか!?』
『サッカーは本気では無かったんですか!?』

 ひどい質問だが。確かにこれまでの彼女のキャラクター性を見てみれば、そんな嫌味を言いたくなるのも頷ける。

 天真爛漫。されど、猪突猛進。
 鬼神が宿るほどの両足で、フィールド全てを制圧する、圧倒的プレイヤー。

 それほどまでに騎馬崎 駆馬は、当時の女子サッカー界を蹂躙し尽くしていた。
 妬みや嫉みが飛び交うのも当然だと、俺も思っていた。

 けれど彼女が残した言葉は。
 たったの一言だけだった。

『ボクは、挑戦を諦めたわけじゃあ、無い』

 それ以外の言葉は、彼女から出ることは無かった。
 色々と波紋を呼んだ記者会見だったが。
 組んでみて、そして彼女に触れてみて、分かった。

 騎馬崎 駆馬は、常に全力で挑み続けているだけなのだ。
 サッカーに出会い、サッカーで挑戦し、サッカーをむさぼりつくし。
 頂に登る途中であっても。
 より強い挑戦が見つかったら、これまでの経歴を投げうってでもそちらへ向かう。
 だからきっと、お嫁さんだって。
 軽口から本気に変わった瞬間。彼女は全力でソレを全うするのだろう。
 たとえ台所が汚いところ(さいていへん)からの、スタートだったとしても。

 だから、騎馬崎 駆馬は。
 そもそも飽きたわけでも手を抜いていたわけでもない。

 ただ目の前の『事象』と。
 己に振りかかる『挑戦』と。
 全力で戦いたい(むきあいたい)だけ。

 根本の部分で、彼女は争うのが好きなのだ。

「……ッ!」

 この身震いは。恐ろしい体躯を持つデーモンに対してか。
 それとも彼女の本質に対してか。
 少なくともこの状況で、あんなに狂った笑顔が出来る学園生を、俺は知らない。

「DhhhhhhLLL……!」
「あはっ、はははははははっ!」

 音にもしがたいデーモンの嘶きを聞いて、彼女は尚も笑う。
 切りそろえられた前髪の奥。
 その大きな瞳が。眼光鋭くターゲットを見据える。

 ぐっと身体に力を入れたのは、両者同時。
 魔力が膨らんでいくのも、両者同時。
 そして、動き出したのも。

 両者同時だった――――