――――もうだめだ。
 俺、月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)は、そう思いながら膝をつく。
 最底辺ランクのくせに、こんな高ランクダンジョンに挑もうとしたのが間違いだった……!

 むき出しの岩で出来た洞窟の中。
 眼前に迫る、三メートルを超える巨体(モンスター)。しかも二体もいやがる。
 凶悪な棍棒が振りかぶられ、今にも振り下ろされそうだった。
 荒ぶる息は死へのカウントダウンだ。
 こちらの鼓動とシンクロし、確実に目の前のターゲットをすりつぶそうと、タイミングを計っている。

「はっ、はっ、はっ……、はっ、」
「ハッ、ハッ、ハッ……、ハッ、」

 それも、もうじき定まる。
 もう十秒もしないうちに、俺の身体はあの凶器(エモノ)により、粉みじんとなってしまうだろう。

「――――ッ、」

 思い返してみれば。散々な日々だった。
 冒険者育成機関に編入したはいいものの、この一年間全く成果を上げられず。ステータスも凡人以下。スキルランクも高くない。
 一発逆転を狙って仲間たちと高ランクダンジョンへ潜ってみるも――――パーティは俺を置いて逃げて行ってしまった。
 取り残された俺は彷徨い歩き、そして、順当にモンスターに遭遇した。

 元より俺は後衛職。
 しかもサポート役の、付与術士(バッファー)だ。
 パワーアップ魔法を味方にかけて戦うタイプなのだが、肝心の味方はすでに居ない。

 杖は折れている。
 回復魔法の一つすら、発動することは難しい。

 だから――――もうだめだ。
 月見 球太郎の人生は、ここで終焉を迎えることとなる……、

「見つけたよっ!」
「え?」

 死を覚悟した途端。
 後方から、底抜けに明るい(おと)がする。

「しゃがんで」

 呆気にとられた俺の耳に飛んでくるのは、単純な言葉だ。
 それと同時。
 後方から、何かの音が響き渡る。

「え……?」

 おそらく魔力の嘶きだ。
 目は巨躯の魔物から離せないが、それ以上の強烈な『ナニカ』が、背後に立っているのが分かる。

 リとイの中間のような音は、まるでエンジン音のように鳴り続けて。そして。
 一瞬の後、俺の後方から飛び出した。

「グルワァァァッッ!?」

 何かが発射されたのかと思うほど、とてつもない速度。
 そのナニカは、気づけばモンスター一体の頭部を破壊していた。

「はぁ!?」
「あははははははははッッ!!」

 破壊の一撃。それは――――飛び蹴りだった。
 信じられないことにその人影は、俺と同じような体躯でありながら、蹴りの一発だけで強力なモンスターの息の根を止めたらしい。

 生命活動を停止させた一体目のモンスターは、次第にさらさらと黒い魔力となり散って行く。

「きみ、プレート出して!」
「え……?」
「はやく! 死ぬよ!」
「うく……、は、はい!」

 混乱の最中。声の主につい従ってしまう。
 ソレは新たなるパーティ契約。
 お互いの冒険者プレートを近づけ、魔力の波長を合わせることで、パーティを組むことが出来るのだが……。

「どうしてパーティを……って、うわあああ!」

 一瞬脳内が疑問で埋め尽くされたせいか、迫り来る二体目のオークから意識が外れていた。
 息を荒くして棍棒を振り下ろす巨躯の二体。
 しかし――――

「あははははッ!」

 きれいに。
 四肢は踊る。
 俺を助けた人影――――小柄な女の子は、大きく響き渡る笑い声とともに。
 目にもとまらぬ蹴りを繰り出し、オークの獲物を破壊する。

「あは! あはははははっ!」
「何が起こって……、」

 いるんだと言おうとした瞬間だった。

「なん……だ!?」

 俺の中で、ドクンと何かが『芽生えた』ような。
 そんな気がした。

「……え?」

 彼女の活躍を目の当たりにした俺のステータス(・・・・・・・)に、変化があったようだった。
 戦闘中に成長することがあるとは聞いたことはあるが、それはあくまでも、本人が活躍したときだけの話。
 どうして他者の活躍によって、俺が成長するのか。
 俺は彼女に対して、何の強化魔法(バフ)もかけていないというのに。

「くっ……、な、何が!?」

 いや、ソレを確認するのは後だ。
 今は目の前にモンスターも迫っているし、何より、身体が、掌が、とてもアツい。

 体の奥底から、『熱』を感じる。
 このモンスターに襲われてから、彼女に助けられるまでの一瞬時間。
 その間に動かした様々な感情がせめぎ合い、俺の中で、一つの『カタチ』として作られていくみたいだった。

「くっ……! う、ぁぁぁッ!」

 なにか。あついのが――――

「アツいのが……、出るッッ!」
「おや?」

 嬉しそうな反応を見せる彼女。
 我慢ができず出してしまう俺。

 それはとても熱くて、濃いものだった。
 ……あ、魔力の話です。

「うお、おぉぉぉ……!」

 掌から、とんでもない質量の魔力が放たれる。
 俺の手から離れた魔力は、ひゅ~んとゆるやかな放物線を描き、オークへと飛来していった。

「グォォッ!?」

 危険を感じ取ったオークは、巨体を無理やり翻し、どうにか回避行動をとる。

「避けられた……、けど……、」

 そこへ、俺から放出された魔力塊は落下する。
 まぬけな軌道とは裏腹に、ドォン! という破壊的な音。
 その球には、ダンジョンの地面を抉り取るほどの威力が詰まっていた。

「俺からあんな、濃いのが……」

 魔力の話だ。
 分かってると思うけど。

「あはは! いいねキミ! 最高だね! あはは!」

 攻撃行動に移ろうとしていた彼女は、俺の方に声を投げる。
 お褒めいただいて光栄だ。
 しかしながら、俺の攻撃は当たらなかった。
 というか、あんな高密度の魔力、コントロールできる気がしない。

「ねぇキミ! もう一発イける!?」
「ま、また出すんですか!? なんか出したら、すごいぐったりするんですけど……」
「まだまだ絞り出してよ! もっといきり立たせて!」
「魔力の話ですよね!?」

 要確認である。
 ともかく。

「うぅ……、くっ……!」

 意識を集中させ、先ほどの感覚を思い出す。
 しかしそうこうしているうちに、モンスターも体勢を立て直し、こちらへ巨腕を振るおうとしていた。

「うぅぅ……!」

 凶腕が眼前へと迫る。

 そもそも本来なら。
 俺は攻撃タイプの魔法は使えないはずである。
 しかも付与術士(バッファー)は杖が無いと魔法を放てない。

 なのに。
 ソレは、とても強い膂力と共に生まれ出でた。

「は――――、」
「あはっ……! おっきいの出たァ!」

 いちいち言い回しが引っかかる。
 純粋な瞳を見るに、たぶんわざとではない。だからこそたちが悪そうだ。

 先ほどよりもかなり大きい。
 むかし運動会で一度だけやった、大玉転がしのボールが連想される。

「うっ……!
 けどやっぱり、コントロールが……!」

 先ほどと同じように、ゆるりとした山なりの放物線になってしまう。
 軌道もそうだが、速度が出ない。
 どうして急に出来るようになったのかは置いておいても、威力だけは高そうなのに――――

「いや、上出来だよ」
「え……」

 瞬間彼女はにっこりと笑い、中空へと躍り出る。
 その体勢は、先ほどと同じ。蹴りである。
 だがそれは、どこか、スポーツめいていて。
 どこかで目にしたシルエットを、脳内の検索機関は一瞬の後、答えに当てはめた。

「ボレーシュートっ……!」
「いけぇぇェェェェッッ!」

 高く宙を舞う彼女は輝く足を振りぬく。
 その先には――――俺の魔力球。
 まるでサッカーボールよろしく蹴り飛ばされた巨大な魔力の塊は、絶大な威力をまとったまま、オークの巨体へと炸裂した。

「ガァァァァアアアアッッ!!」

 断末魔と共に散っていく巨体。
 フロアには一瞬の静寂が訪れ、着地した彼女の軽快な足音だけが聞こえてくる。

「あ……、あの……」
「よっと……。
 いやー、無事で何より何より」

 その塵を背景に。
 彼女は底抜けに明るく笑い、あまりの衝撃で腰を抜かしてしまった俺を立ち上がらせる。

「逃げなかったね! えらいえらい」

 身長差があると、まず思った。
 俺が百七十二センチ。彼女はおそらく百五十センチほど。
 小さな体で妹キャラみたいだが、けれどどこか、『しっかり者のお姉さん』みたいな振る舞いをしつつ、――――彼女は嬉しそうに俺の頭を撫でた。

「あな、た、は……」

 目をぱちぱちさせつつ聞く俺に、彼女は「そんなことより」と話題を違うところへもっていった。

「キミのステータス見てみなよ。どうやら何かがあったんでしょ? 不安じゃない?」
「あ、あぁ。そうですね……。って、何だコレ!?」
「『って』が多いねキミ」

 だって驚くことが多すぎるもの!
 いや、今はそんなツッコミはどうでもいい。
 彼女に指摘された通り、冒険者ステータスを確認してみると……。


名前:月見 球太郎
身長/体重:172センチ/60キロ
職業:付与術士(バッファー)

物理攻撃:F  魔法攻撃:E
物理耐久:F  魔法耐久:D
敏捷:D    思考力:F
魔力値:D   魔吸値:F


「ここまではいい、ここまでは……」

 いつ見てもしょぼいステータスだ。
 どうやら彼女とパーティを組んだおかげで、多少の能力向上が見られるものの、元が低いので微差である。

「慌ててパーティ組んだけど、あんまり意味なかったかな?」
「み、みたいですね……」

 だからすぐに俺とパーティ契約をしようと思っていたのか。
 冒険者はそれぞれ常時発動(パッシブ)能力(スキル)を持っていて(持ってない人もいる)、パーティを組むことでその恩恵を受けられる。
 が、俺の場合は元のランクが低かったので、あまり恩恵が無かったという話。

「で、その常時発動(パッシブ)能力(スキル)のほうは……」


常時発動(パッシブ)能力(スキル)
強化成功率上昇:E


「ここも……、変化なしと」
「なんか、還元率の悪いポイントカードみたいだね」
「言いえて妙過ぎる……」

 お気づきかと思うが、EとかFとかは低ランクだ。
 それにここにはもっと恩恵が分かりやすい、『全体攻撃力増加』とか、『防御力増加』とか、そういうものが高ランクでついているとカッコイイ。
 だが強化成功率っていうのは、そこまで役に立つものではない。
 強化魔法はだいたい成功するからだ。
 つまり俺のこのスキルは、恩恵も分かりにくくランクも低いので、あんまりカッコイイものではない。
 そのまま横で見る彼女と共に、更に下の部分へと目を移す。


アクティブスキル
魔法上昇(マジカロ):E、
攻撃上昇(ストラク):E、
回復術(トリトム):E、

「ここも、うん、変わってない……あれ?」
「お、何か見つけたかな?」
「こ……これ、」

 それは。
 本来ならば、『防御上昇(ハーデン):C』と記載されている部分だった。
 俺の唯一のお役立ち部分と言っていいスキル。まぁ、それでもそこまでランクは高く無いのだが。
 しかしその『防御上昇(ハーデン):C』の部分が。
 違う表記になっている。

「スキル……、『ボール出し』……?」
「なるほど。さっきの濃い液――――じゃない、濃い魔力は、ボールだったのかぁ」
「液って言いました? あなた今、明確に液って口にしましたよね!?」
「汁のほうが良かった? なんか液体みたいだったくない?」
「ちゃんと塊だっただろ!? どういう感性してるんだ!」

 というかそんなことを論じてる場合ではない。
 液でも汁でも魔力でも何でもいいが、俺のスキルが変な名称のものに変更されている。

「スキルは変化することがあるんだよー。知らなかった?」
「そういえば聞いたことがありますけど……」

 現象としてはレア中のレアだ。
 まさかそんなことが、底辺冒険者見習いの俺の身に起こるとは。

「強烈に何かをイメージしたり~、今の自分にコレが出来ればという想いだったり~、まぁいろいろだね」
「イメージ……、願望……」
「そしてその想いは、道を切り拓く力になる――――ときもある」

 その、謎のスキル。『ボール出し』とやらのランクを見る。
 そこには。
 最高ランクである、『A+++』ランクが表示されていた。

「ボール出し:A+++って何!?」
「よくわかんないね!」

 けらけらと腰に手を当てて笑う彼女。
 そ、そういえば俺、助けられたのにお礼も言っていなかった……、な……?

「はぁ……!? あ、あなた、は……ッ!」
「ん? なぁに?」

 驚愕の熱が一瞬だけ冷めたところに、違う驚愕が挟まってくる。
 怒涛の驚愕ラッシュで、脳が悲鳴を上げていた。

「あ、き、き……!」

 今日は。
 色々あった。

 高ランクダンジョンに挑んだと思ったら、仲間は逃げ出して。
 モンスターに襲われたと思ったら、謎の人物に助けられ、何故か俺にすごいスキルが芽生えていて。

 そしてその謎の人物は。
 冒険者育成機関・セピア丘学園での。
 超有名な、人物で。

「キバサキ、先輩……!」
「お、ボクのこと知ってくれてるんだ! それは話が早いね!」

 小柄な身体。
 眉上・耳上で切りそろえられたベリーショートの髪型。
 黒髪ベースに、前髪の左右二束へ明るい青が入っている。
 メッシュを入れているのではなく。
 強すぎる魔力が原因で変色したという噂だったのだが……、今の戦いを見るかぎり、どうやら本当のようだった。
 十九歳という年齢を感じさせない、中学生くらいの幼い顔立ち。
 大きな瞳に大きな口。
 良く笑い良く走る姿は、まるで元気な子犬のよう。

 軽装で薄着な上半身の服装。
 ちらりと見えたへそ。
 太腿を大きく見せたホットパンツ姿は、やや露出が多い気もする。が、色気を出す目的では無く、動きやすさ重視なんだろうなと思わせるほどの、天真爛漫なキャラクターを醸し出している――――のだが。

 そう。
 そこまでは普通の女性の格好だ。
 デザインは冒険者がまとうものだが、日常の街角を歩いていても問題ないだろう。

 けれど、膝から下。
 そこに装備しているものは、明らかに戦闘をするための衣装だった。

 白銀に輝く鉄製の脛当て(グリーブ)鉄靴(サバトン)
 そしてその脚で繰り出される、神速の蹴り技。
 先ほども目の当たりにした、彼女の代名詞でもある、

「――――白い足(シンデレラ)
「それも知ってるんだね。嬉しいな!」

 仰々しい銀足とは裏腹に。
 くったくのない、太陽のような笑みと共に。小さな右手が俺の前に差し出された。


「ボクはキミを探してたんだ! さぁ、一緒に冒険しよう!」
「…………………………は?」








 ここは。
 ダンジョン。
 世界中に発生したダンジョン現象。その土地の一つである。

 彼女、
 冒険者育成機関・見習いBランク、騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)と。
 俺、
 冒険者育成機関・見習いFランク、月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)は。

 こうして、劇的な出会いを果たすことなった。

 それが今後、まさかあんな事件に巻き込まれることになるとは。
 この時は夢にも思っていなかった。


 というか、ですね。
 最底辺の俺には、すでにもういっぱいっぱいな事件なんですが、コレ……。