「梅乃、人の世はつらいか?」
「……はい」
「では、あなたにお守りをあげよう」
「……おまもり?」
「ああ。これを」
そう言って冬芽が差し出したのは、水晶の勾玉(まがたま)だった。
「これを持っていれば、迷わずここに来ることが出来る。人間であるあなたは本来ここには入れないが、これを持っていれば鬼の結界も許す」
手のひらに載せられた勾玉を見て、目を見開く梅乃。
「苦しくなったらここに逃げておいで。苦しくなくても、ここへ遊びにおいで。息抜きというやつだ。ここは皆、梅乃を歓迎する。だから、自分の命を投げるような真似はするな。梅乃の命は、もう俺たちにとって大事な存在だ」
梅乃の指先に力がこもった。
そっと勾玉を握ろうとしたが、指は開かれたまま固まった。
「でも……こんな綺麗なものを持ってたら、また捨てられちゃう……」
「そういうだろうと思って、ちゃんと準備しておいた。手を広げたままでいてごらん?」
梅乃の右手に載った勾玉。
その上に、冬芽が手をかざす。
すると勾玉は淡い光を放ちながら、溶けるように消えた。
「え……ええっ?」
「この勾玉の、鬼の里への出入りを認める力だけを梅乃の体に宿らせた。梅乃に弊害が出ることはひとつもないから安心していい」
「じゃあ……私がここへ来ようとしたら、何も持ってなくていいってことですか……?」
「ああ。ただし、条件がある。出入りする場所が決まっていることと、梅乃がここへ来たいと念じていることだ。さすがに、どこかしこと道がつなげられるわけではないからな」
冬芽から一通りの説明を聞いた梅乃は、勾玉が消えた自分の手を興味津々と見ている。
梅乃から視線をあげた冬芽は、部屋にいる鬼全員から、『お手柄です冬芽様!』という視線を受けてこっそり苦笑した。
桃子のときはあんなに心配をかけたのに、やはりみんな気のいい者たちばかりだ。
「梅乃様、毎日いらしてもいいのですよ」
「わたくし、梅乃様と一緒にお花などしてみたいですわ」
「わたくしは梅乃様にお菓子をお贈りしたいですっ」
「わたくしもっ」
「では我らは護衛など務めましょう」
「そうですな」
きゃあきゃあとした、だが耳に心地よく聞こえる鬼たちの声。
自分が歓迎されている――ここにいることをゆるしてもらえているという現実に、また梅乃は大泣きしてしまった。