*

 教室の後ろに立って、授業の様子を眺める。
 寝ている子がいたり、真面目にノートを取っている子がいたり。
 誰もわたしの席が空席だなんて気にしてなくて、そんなもんなのか、と思う。
 先生も友達も、わたしのことを優等生呼ばわりする割には、優等生が休んでもなんとも思わないんだな。
 ……自惚れすぎかな。

 そんなことを考えながら過ごしていたら、もう5限目が終わって、みんなが体育の準備に向かい始めた。
 体育の授業くらい、サボってもいいよね。
 わたしの足は、書道室の方向へ歩み始める。

 書道室の扉をそっと開くと、顧問の宮田先生が黙々と筆を動かしていた。
 宮田先生の書は、自由で伸びやかだ。
 鳥が空を飛び回るように軽やかな筆遣い。
 先生の思う通りに筆が動いてくれるって感じがする。

 先生の書く作品の隣には、薫の書があった。
 ちょうど、薫のお手本を書いているところみたいだ。
 薫の書は楽しそうだ。
 跳ねるように、踊るように。
 楽しんで書道をしてくるのが伝わってくる作品。

 薫の書も、宮田先生の書も大好きだ。
 でも、見れば見るほど辛くなる。
 わたしには足りないところばっかり目について、好きが埋もれていく。
 息が苦しくなっていく。

「あーあ」

 わたし、こんな気分になりたくて書道室に来たんじゃないのに。
 静かで、墨の香るこの部屋なら、楽でいられるかなって思って来たのに。
 これじゃ、消える前と変わらないよ。

 棚から書道セットを取り出して、筆を墨に浸す。
 もやもやしたこの感情を半紙に押しつける。

「楽になりたい……」

 藍。
 頭に浮かんできた文字を書きつける。
 深すぎて、青より黒に近い。そんな色。
 この闇も深すぎて、暗いところしか見当たらない。

 半紙に墨が滲んでいく。
 今わたしがカメラを持っていたなら、海に飛び込んで、深い深い海の底の写真を撮りにいくだろうなって、そう思った。