「ちぃちゃん、結婚おめでとう!」
「いろいろ心配かけちゃって、ごめんね」
晴れて、私の名前が斉藤千佳になったのが昨日。秋晴れの休日だった。
「これから、もっと忙しくなるよぉ」
「本当にそうだね。でも、結花には迷惑かけちゃうよ」
「ううん。私の産後にプライベートでもちぃちゃんが一番頑張ってくれたって。だから、私の復帰も早くできたし」
結花は彩花ちゃんを産んだあと、僅か半年で仕事に復帰してきた。珠実園に併設の子ども園という母子共に絶好の条件で預かれることになったからだ。
だから、あたしが就職した初日から指導役として結花がついてくれた。
緊張していながらも、こんな安心に包まれた新社会人もいないよねって初日から二人で笑ったっけ。
その彩花ちゃんも先月1歳の誕生日を迎えた。
ハイハイから今では掴まり立ちと伝い歩きの練習中らしい。家の中でも危ないよと結花は苦笑している。
そして、それとほぼ同時に、あたしは自分の身体の変化に気付いた。
「結花、あたしね……」
何も言わずに手を握ってくれた親友。
「おめでとう。体を大事にするんだよ?」
そして、結花と先生にお願いをした。あたしたちの結婚の証人になって欲しいと。
あの宣言をしてくれたときから、その準備はずっとしてきた。学校を卒業して、和人はメーカーのエンジニアに、あたしも結花の後輩として二人とも社会人1年生。
和人は大学の卒業式が終わった夜、あたしに結婚のプロポーズをしてきた。
夕ご飯はホテルのレストランだったし、その後もイルミネーションを見ながら散歩もした。
でも、和人らしかった。
いつもの部屋に二人で帰ってきて、あたしは和人の腕に抱き寄せられた。
『千佳、俺と結婚してくれないか?』
本当に、さっきまでのは何だったのだろう? 自分たちの部屋で、言葉もたったそれだけ。でも、それが彼のやり方なんだとも思っている。
『うん、あたしも和人とならしたい』
断る理由なんかなかった。もちろん喜んで泣きながら受け取ったし、落ち着いたらなるべく早く籍を入れることも約束した。プロポーズを受けて承諾したこともオープンにしたし、両親や親戚にも報告した。遅すぎると半分怒られながらだったけど、みんなお祝いしてくれた。
そして、職場の関係から二人で探した新居は、結花と同じ団地。別の棟だったけれど、入居者の条件が緩和されていたから、婚約者というあたしたち二人でも入ることが出来た。だから、結花とあたしは今は一緒に通勤することが出来ている。
「今からだと、来年の初夏だねぇ。ちょうどいい時期だよ」
就職前の面接で話していたとおり、まだ半人前のあたしなのに仕事の内容を調整するように結花に伝えてくれた。
「ごめんね。まだ1年目なのに……」
「えぇ? おめでたい話だもん。みんな歓声だったでしょ? 私の時はもっとみんな気を遣ってくれてね。今はその恩返し中ってところかな」
そんなふうに笑ってくれる彼女の存在はどれだけ心強かったか。
順番が前後してしまったので、挙式は結花たちと同じように身内で済まそうとなって、今はお休みの日にブライダルサロンにも通っている。
彩花ちゃんを抱っこした結花とドレスやブーケなどの相談をしている時間が本当に楽しい。
「そろそろお夕飯の支度しないと。和人くん今日は早いんじゃないの? うちからおかず持っていく?」
「やべっ! こんな時間? うん、悪いけどお願いできる?」
パックに結花の煮物を詰めてもらう。結花の料理の腕は今でも上がる一方だ。これも教えてもらわなくちゃなぁ。
「転んだり冷やしたらダメだよ? 気をつけて帰ってね」
「ありがとう。また明日ね」
窓から見送ってくれる結花に手を振って、あたしたちの部屋がある棟に歩き出す。
「来年の春かぁ。あっという間なんだろうな」
でも、あたしは一人じゃない。結花はあの日からあたしの「親友」で、「同僚」が加わり、今度は「ママ友」にもなる。
生まれてくる子には、彩花ちゃんにお姉さんになってもらおう。男の子だったら、お嫁さんになってもらいたいなんて勝手な空想だけは広がる。
西の空に輝く光を見つけて足を止める。まだ目立たないお腹に手を当てて話しかけた。
「ほら、一番星。お母さん待ってるよ。春になったらお父さんと三人、ううん、みんなで一緒に見ようね」
冷たい秋風に変わり始めていることに気がついた。体を冷やしちゃいけない。
茜色の光の中、あたしは再び一歩を踏み出した。