「先生!」
先に分娩室を出てきた小島先生がホッとした顔で頷いた。
「母子ともに元気ですよ。もう産湯も浸かって抱っこもしましたし」
先生はスマートフォンで撮影したばかりの画像を見せてくれた。
「結花……、凄いよぉ、頑張ったよぉ……」
ご両親の前だったけど、涙が止まらなくなってしまう。
疲れているだろう。でも、タオルに包まった赤ちゃんを抱いて微笑む結花は間違いなく役目を果たした母親の顔だった。
「佐伯……。ありがとうな」
先生はポケットの中に手を入れて何かを取り出す。
「結花は最後までこれを握っていた。佐伯と一緒に毎日の散歩の時にお百度参りしてくれたんだってな。そのときに貰ったと言っていた」
そう。結花との散歩をしていた道の途中に地元の小さな神社がある。そこに毎回訪れては二人でお祈りをしていたし、前に安産祈願をしてくれる神社でお守りを手に入れて渡していたっけ。
タクシーの中でカバンから何かを外しているように見えたのはこれだったのね。
「どっちに似てる?」
「見ていただければ分かりますが、結花そっくりです」
顔の写真は、確かに目元や口元は結花だ。でも高い鼻筋は先生から貰っているようにみえる。
「名前は決めてあるの?」
「はい。今夜もう一度結花と確認して決めます」
そこまで言ったとき、結花が車椅子に乗って出てきた。本来なら歩いて部屋まで行くらしい。
お産で体力を使い果たした結花にはきついと、点滴を入れながらの移動になったようだ。
「結花ぁ、頑張ったねぇ」
「ありがとう。ちぃちゃんがいてくれたから……。私……。ありがと……ほんとに……」
声を詰まらせて涙を見せる。
「結花。あとでゆっくり話そうね」
「……うん」
あとはご両親と先生がお部屋に同行して、あたしは一人で暗くなった待合室に降りながら和人にも結花がお母さんになったことを連絡した。
その日の夜は先生と結花のお部屋に、結花のご両親と一緒に泊めてもらった。
前から結花に言われて、1日分だけ着替えを置かせてもらっていたものを使う。明日持ち帰ればいい。
「先生、結花を誉めてあげてくださいね」
部屋の隅であたしは先生に話した。
「何度も繰り返しになってしまうけれど、本当に佐伯がいてくれて助かった。結花も佐伯に礼を言ってたよ」
その夜、みんなが寝静まった頃、あたしのスマホのアプリに通知が入った。結花からのメッセージには、みんなが帰ったあとベッドまで連れてきてくれた赤ちゃんと一緒に写った彼女の顔を見て、同じ顔を結婚式で見たことを思い出す。
学生時代の同級生たちは結花がこんな表情をするなんて知らない。限られた人しか見たことがない彼女の柔らかい笑顔。
そして、最後に赤ちゃんの名前が書いてあった。
女の子と分かってから、夫婦で話し合って前から決めていたのだという。
『新しい家族の彩花が仲間入りして、三人で頑張ります』
明日、帰る前に結花と彩花ちゃんに会っていこう。
あたしはその画面をいつまでも抱きしめて眠りについた。