<予定していた『その日』>



「結花……」

「うん、なぁに?

「なんか、あたし昔は結花を守るんだなんて思っていた時期もあったんだけど、いつの間にかすっかり逆になっちゃったね」

「ううん。私もちぃちゃんがいてくれたから頑張れた。お礼を言わなくちゃならないのは私だよ……」

 そこまで言ったとき、結花の顔がぐっと歪んでお腹を押さえた。額から一筋汗が流れる。

「結花! 大丈夫?」

「うん……。近いのかも……。昨日くらいからあんまり動かなくなってたから」

 あたしも結花と一緒にいろいろ勉強した。生まれる直前になると、あまり胎動がなくなって、ときどき陣痛の練習のようなことが始まると。

 結花は初産(ういざん)だから、陣痛やお産の経過が予測できない。

 それに体の負担も考えて、普通の妊婦さんよりも早めに連絡するように言われている。

「……ちぃちゃん、ごめん。お洗濯ものの取り込みと窓の戸締まりをお願いしていい? 心配は要らないよ」

 痛みが少し退いたらしく、立ち上がった結花は、それでも笑顔であたしに声をかけてくれた。




『……はい、今から病院に向かうと主人に伝えていただけますか? えぇ、もちろん授業の合間で結構です』

 結花が電話を切る。

「ごめんね、ちぃちゃん。あとは私が一人で行けるよ」

「何言ってんの。あたしがついて行くに決まってるでしょ?」

 産婦人科に連絡をしたら、やはり結花には早めに来て欲しいとのことで、入院の準備をしたバッグを取り出して玄関に置く。

 タクシーも予定どおりに連絡して、すぐに来てくれると返してくれた。

 夕食も作ってあったけれど、それは冷蔵庫に入れて。最後に結花から先生が勤める職場に連絡も完了。

「結花、靴履ける? ゆっくり足上げて?」

 妊婦さんの大きなお腹で靴を履くのも一苦労だ。片足ずつ上げてもらって、スニーカーをはめ込んだ。

 荷物を持ち鍵を閉めて、結花の手を引いてエレベーターに向かう。

「どう? きつい?」

「まだ、間隔が長いから大丈夫かな」

 待っていてくれたタクシーに乗り込んで病院に向かった。

「しばらくこの景色ともお別れだなぁ」

「まったく、何を言ってるんだか?」

 本当に……。今度帰ってくるときは赤ちゃんを抱っこしているはずなんだから。

「これからお産ですか?」

「そうなんですよぉ」

 女性の運転手さんは負担にならないように道を選んでくれた。

「頑張ってくださいね」

「ありがとうございました」

 病院の受付で名前を告げると、待合順番を飛ばしてすぐに呼んでくれた。

 あたしが一人で待合室で待っていると、結花が車いすで出てきた。

「どうだって?」

「うん、まだ間隔が長いんだけど、もう子宮口が少し開いてるんだって。帰ったら経過が分からないから、このままお産にしちゃうみたい。今から入院だぁ。荷物も持ってきたからちぃちゃんは帰ってもらって大丈夫だよ?」

「何言ってるの。先生が来るまで帰らないからね!」

「ちぃちゃん……」

「今回は救急車で運ばれたんじゃないんだからいいでしょ?」

「もぉ。これでまた借りを作っちゃったなぁ」

「そんなの気にしない!」

 結花が診察室に入っていた間、あたしは自分に出来る連絡先に電話をしていた。

 結花の両親やあたしの実家はもちろん、和人にもだ。先生がまだ到着していないから、付き添うことも。

 みんなが到着するまでしばらくかかる。それまであの子を一人にはさせないと心に決めていた。