<夏休みと就職活動>



「そうかぁ、ちぃちゃんが私の代わりになってくれるんだぁ」

「うん、昨日決まった。茜音さんが結花にもよろしくって」

「そうかぁ。なら安心かな。でも、戻った頃に私の居場所ないかもなぁ」

「大丈夫、その頃にはあたしもきっと妊婦になっちゃうかも」

「そんなにタイミング良くなっちゃう?」

 二人で笑うと、テーブルの上のグラスから氷がコロンと鳴った。


 季節は回って、夏休みに入っていた。

 実は夏休みに入ってから、アルバイト先の児童園には顔を出せていない。

 その代わり、あたしは時間があるときは、こうやって結花と一緒に過ごしている。

 結花のお腹の赤ちゃんは順調に大きくなって、今ではもうすっかり臨月だ。

 いつ生まれても問題ないところまで来た。赤ちゃんも元気な女の子だと知らされていた。

 でも、夏休みは旦那さんである小島先生も夏期講習の真っ只中。

 アメリカから帰国した先生は、それまでの経歴や頑張りを評価されて、夏休みの午前中は大きなクラスの授業、午後は夜まで個人クラスの予定がギッシリの大人気講師になっている。

 本当はこういう時、実家に帰省するのも一つの手だと思う。でも、結花は先生を一人にするのを嫌がったし、ご両親を横須賀から呼び寄せるのもお互いに気を使ってしまうと考えたみたい。

 そこで、結花に何かあったときのために、平日の話し相手として目を付けられたのがあたしで、先生から結花のそばにいてあげて欲しいと頼まれた。

 交通費だけじゃなく「バイト代より少なくて申し訳ない」と日当もくれている。

 でもね、相手をしてくれるのが他の誰でもない結花だし、体を動かしにくくなってしまった結花と家事を分担したり、一緒に散歩したりの毎日。

 通院も臨月になると1週間ごとになるから、夏場の外出は大変だ。そんなときも「二人で行けば楽しい散歩」と言ってくれる。

 それだけじゃなく、結花から料理とか家事のコツまで教わっている。

 あたしが結花に「プレ花嫁レッスン」とでも題して授業料を払わなくちゃならないほどの裏技満載の内容盛りだくさん。

 本当にこの実態でお金を貰っていいのかと思うほどだよ。

「私も一人だといろいろ考えちゃう。ちぃちゃんが一緒にいてくれるから心強いんだぁ」

 それだけじゃなく、ちゃんと二人は「その時の」用意もちゃんとしてあって、入院の用意だけじゃなく、タクシーや先生の連絡先なども全て大きく書き出してある。

「結花には、本当に世話になりっぱなしだよね。あんなに就職活動に悩んだり苦労していたのが嘘みたいだった」

「ううん、私はただ頑張っている子がいるから、会ってお話を聞いて欲しいと言っただけ。ちぃちゃんが頑張ったんだよ。何か困ったことがあったら、すぐに連絡してね。私からすぐにお願いできることになっているから」

 さすがにこの時期になると、結花も少し動くと足が浮腫んでしまう。先生に教わったり、結花に言われるとおりに揉んであげると、気持ちよさそうに目を細めている。

 顔写真だけ見れば、彼女は今でも十分に女子高生で通りそう。

 こんなお母さんから生まれてくる女の子は、きっと可愛いんだろうな。

「今日も暑くなりそうだねぇ……」

 結花がカーテンを開けて、外に広がる抜けるような青空を見上げた。