いつものようにごはんを一緒に食べて、お風呂上がりに一緒にテレビを見ていた。
「今日、結花さんに会ったときになんかあった?」
「……ねぇ和人。もし、あたしが今から和人との赤ちゃんが欲しいと言ったら、引いちゃう?」
「えっ?」
そうだよね。一瞬言葉に詰まった和人の反応がこの年代の普通なんだ。
あたしの中に和人を迎え入れたこと、もう思い出せない数にはなっていると思う。だけど、これまで『間違い』を起こさないように必ず避妊してきた。
でもね、『間違い』って何なんだろう。
あたしと結花はもともと同級生だよ。
結花の妊娠はみんな喜んでくれる。もし今のあたしが同じことを言ったら、きっとみんなは『早すぎ』とか『間違えたこと』と言ってくるだろう。
この差はいったい何だろう。
もちろん、結花はもう結婚して姓も変えて、正真正銘に認められた小島先生の奧さんで、あたしたちはまだ大学生の恋人同士に過ぎない。
だけど、私と同い年の大親友であることは昔から変わらない。
あたしだって、和人との子どもは欲しいと思っている。
児童館というアルバイトの環境で見ていることも大きく影響を受けていることは間違いないと思うよ。
それでも、あたしだって一人の女の子に生まれた。年頃になって好きな人との新しい命を育みたいと考えることは間違っているのだろうか?
「千佳、無理はしていないか?」
「ううん。聞いておきたい。あたしは和人が好きだし、結婚したいし、和人との子どもだって欲しいと思ってる。だけど、それが和人にとって重荷になってしまうのか分からない」
そんなストレートな言葉を発したあたしを、和人は穏やかな顔で見てくれていた。
「ありがとう、千佳。俺のことそんなに考えていてくれたんだね。俺も千佳との家族は欲しい」
「本当に?」
「もちろん」
あたしは、結花が妊娠していることを伝えた。それも、一度悲しい思いをして再び立ち直ってのことであることも。
「なるほど。そういうことなんだね」
和人は笑い飛ばしたりしなかった。あたしの手をぎゅっと握って、続けてくれた。
「俺さ、千佳と付き合いだした頃から、絶対に千佳と結婚して、子どもも作って、なんてガキなりにいつも妄想してた。だから、こんな俺と結婚してくれるって、本当に嬉しいし、もう千佳以外に考えられない。だけど、今はまだもう少し待ちたい。焦れば千佳を悲しませてしまうような厳しい現実も待っていると思う。だから、千佳さえ許してくれるなら、卒業したら結婚しよう。俺も千佳を心配させないように、ちゃんと就職して、頑張って働く」
「和人……」
自然に涙がこぼれたよ。「結婚しよう」って言ってくれた。卒業まであと1年と少し。これまでの時間に比べたらあっという間だよね。
「子どものことも分かってる。けど、それは俺と千佳だけじゃない。その子の将来にも責任を持たなくちゃいけない。俺たちがちゃんと親になる準備が出来るまで」
「うん……」
そうだ、結花も教えてくれた。準備ができたらまた降りて来て欲しいと願ったと。結婚をして夫婦になった二人でもそう思うんだ。
今のあたしにはまだその準備が終わっていない。こんなこと、授業なんかで絶対に教われる事じゃない。
「これだけ一緒にいるんだぞ。千佳の体だって分かってる。ちゃんと考えてるよ。千佳を諦めるようなことはしたくない。結花さんに追いつくのは、それからでも遅くないと思う。結花さんだってそれで千佳を軽蔑するような人じゃないのは一番分かってるだろ?」
「うん。結花は絶対にしない」
「来週、先生たちに会うまで、いろんな事を考えてみようよ。なんか久しぶりだな。こういうのガチで相談できる機会ってなかなかないし」
悩んでいたあたしとは反対で、和人は楽しそうだった。
やっぱり和人は凄いな……。いつの間にかあたしとの先の道を少しずつ考えていてくれた。
まだあたしの答えは出ていないけれど、この人と一緒にいれば大丈夫。
あたしたちがこの夜にそれぞれの部屋に入って明かりが消えたのは、時計に表示されている日付が変わった後だった。