お母さんと手を繋いで、久しぶりのユーフォリアに連れてきてもらった。

「いらっしゃい。うん、顔色よくなってきたね」

 菜都実さんは、私が仕事でお世話になっていた頃と同じ。

 きっと、事情も分かっていてくれている。なにも聞かず、そっと優しく話しかけてくれた。

「菜都実、二人分お願いね」

「うん。少し待ってて」

 メニューも見ずに、お母さんは注文をして、お店の中でも一番奥の席に座った。

「この席覚えてる?」

「うん、私ってあちこちで泣いてばっかり」

 もう2年半前になる。陽人さんとお付き合いができるようになって、喜んでいたのもつかの間。

 お仕事で離ればなれになってしまうことから、私は陽人さんに酷いことを言って飛び出した。結局、お母さんに誤解だと諭されたのはいいけれど、夜の街を陽人さんを探し回った。

 動けなくなっていたところを最後に菜都実さんに連れてこられたのがこの席。手足を怪我して、声も出なくなって、ボロボロの浴衣姿の私を陽人さんは抱きしめて許してくれた。

「結花は、一見遠回りをしているようにみえて、でも実は先回りして進んでいることも多いよね」

 確かに結婚や、その先の妊娠の経験など、あの高校生時代のクラスメイトに同じところまできた子がそうたくさんいるようには思えない。

「大学、行かなかったし。でも、それは私が決めたことだった……」

「そうね。あれは結花が自分で決めた。学業よりもあなたは自分が幸せになれる道を選んだ。そのことは、お母さんたち誰も間違っているなんて言わない」

 そこで菜都実さんがお料理を持ってきてくれた。

「ごめんね、ありがとう菜都実」

「いいって。結花ちゃん、いつもより少なめにしてあるから、足りなかったら言ってね」

 シチューのお皿に、オムライスを入れて、その上からビーフシチューをかけてくれている。よくお店のまかない料理で作ってもらったメニューだ。だから、オムライスの中は普通のチキンライスではなくて、バターライスになっている。きっと菜都実さんには「私の好物を」とお願いしてあったのだろう。

「懐かしいでしょ?」

「おいしいね……」

 会話を止めて、お料理を口に運んだ。

「よかった。食べてくれるようになった。やっぱりプロにはかなわないかぁ」

 お母さんが笑ってくれた。

 考えてみれば、あの日から食事も満足に食べていない気がする。昨日何を口にしたかも覚えていない。

「お母さん、心配かけてごめんなさい。また、頑張るよ。何度も泣いちゃうかもしれないけど……」

「そうね。恥ずかしいことじゃない。実家なのだからいくらでも泣いていいのよ」

 食事を終えて、ゆっくり歩いて帰る。

「結花、今日は無理に外に連れ出してごめんなさいね」

「大丈夫。ありがとう。陽人さんが言ったとおり。お母さんに甘えておいでって言われて」

 陽人さんが私に言ってくれたんだ。私が頑張りすぎたから、たまには甘えてゆっくりしておいでと。

「陽人さんがお詫びの連絡をくれてたのよ。一人で行かせて本当に申し訳ないと。でもお仕事をするのは結花を支えて二人で暮らしていくためなのだから。だから陽人さんを責めちゃダメ。結花を迎えに行くタイミングをずっと待っているんでしょう」

 そうなんだ。立ち上がるだけじゃなくて、前を向いて再び歩き出せるようになるのを待っていてくれる人がいる。

 それはとても幸せなことなんだよ。でも、今の私に、どうしたらそれができるのだろう……。