「結花、お散歩に行かない?」
数日が経った晴れの日。お洗濯ものを干し終わったお母さんが私に声をかけてくれた。
「今日は暖かいから、厚手のコートはいらないね」
私が昔着ていたワンピースに、ニットのカーディガンをあわせてくれて、同じように残してあった学校時代のローファーを用意してくれた。
「こんなに残して置いてくれたんだね」
「ばかね。ここは結花の家なんだから、いつ帰ってきてもいいの。そのくらいの準備はいつでもすぐできるから」
私がみんなに送り出してもらってから、まだ2年ほど。何も変わらない。
そう、変わってしまったのは私の方だ。
「毎日陽人さんからは連絡あるの?」
「うん」
こちらに着いたと報告をしてから、陽人さんは毎日私に連絡をくれた。
電話だったりメールだったり、いろいろ形は違うけれど、毎日欠かすことなく送ってくれる。
「結花、あなたはお母さんの自慢の娘よ」
海沿いの公園。平日の午前中だから、他には誰もいなくて、潮騒の聞こえるベンチに二人で腰を下ろした。
「ううん。やっぱり、私は出来ない子なんだよ。これまでに運を使い切っちゃったんだよ。陽人さんにも本当に申し訳なかった。赤ちゃん欲しいなんて贅沢なこと言ったから、神様が怒ったんだよ……」
「そうかしら? 結花、あなたは頑張れたじゃない。妊娠すら厳しいかもって言われていたのに、できたじゃない?」
「えっ……」
隣のお母さんを見上げる。お母さんの頬に光る筋があった。
「結花の体が弱いのはお母さんのせい。あなたをもっと元気な子に産んであげられればよかった。だから、あの当時の病気も、子どもを作れないのも、孫を抱けないのも、お母さんの責任だってずっと思っていた。それなのに、結花は電話をくれた。『赤ちゃんがおなかにいるよ』って。それだけでお母さん本当に嬉しかった。今は結花が無事に帰ってきてくれたことで十分。陽人さんにも何度もお礼したよ」
お母さんの手が私の髪の毛を解してくれた。
「3ヶ月、ちゃんと母親を務めたんだもの。もう、立派なお母さんなのよ、結花は。大丈夫、結花には出来る。お母さん信じてる。お父さんも孫を抱くまで頑張るって言ってるんだから。でも焦らせるつもりはない。結花が自分で決めていいの。あなたの気持ちでいいんだから」
「私に……また……できるのかな……」
お母さんは立ち上がって、私に手を差し出してくれた。
「結花には出来ないかもって、お母さんたちが諦めていたことを、あなたは何度も乗り越えてきたのよ。それに、あなたは天使ママになったの。誰よりも強い味方があなたにはついている。だから、出来る。お母さんは、結花の力を信じてる」
天使ママ……。
優しい響きの言葉だけど、この悲しみを経験したことがある人しか名乗ることができない。
私はお母さんの手を取って立ち上がった。
「よし、立てたね。そう、結花は何度も立ち上がった。誰かの手を借りたっていいの。また歩ければ、それでいいのよ……」
お母さんは私の手をいつまでも握ったままだった。