「結花、提案があるんだ」

「はい?」

 陽人さんが横に座って、私の手を握りながら目をのぞき込んできた。

「少し、ご両親のところで休んだ方がいいんじゃないかと思って、勝手だったけれど相談させてもらった。お義母さんも是非と言ってくれた」

「どうして? 私ここに居ちゃいけない……?」

 どうして……。いまこうやって座っているだけでも精一杯なのに。

 でも、頭の中でもう一人の私が囁く。今の自分では陽人さんに迷惑をかけるだけだと。

 それに、赤ちゃんを満足に産めない私に落胆してしまったのかもしれない……。

「俺は仕事もある。昼間に一人結花を家に残しておくのが心配でたまらない。それなら、結花も一番安心できるところで休んだ方がいいだろう」

「でも陽人さん、そのまま離ればなれにされちゃう? ひとりだったら自由だもん。私より健康でいい子たくさんいるよ……」

「結花っ!」

 ビクっとして言葉をとめた。陽人さんが手を振り上げている。

 初めて殴られると思って、目をぎゅっとつぶった。でも、いつまでもその時は来なかった。

 恐る恐る目を開けると、陽人さんが目の前で泣きながら拳を床にたたきつけていた。

「バカ、結花の大バカやろう! そんなことを考えるくらいなら、俺があの子の代わりになってた。結花と離れて暮らした半年だって、どれだけ辛かったか忘れたのか?」

 忘れるはずもない。入籍の半年前に、私たちが海を挟んだ時間を乗り越えたこと。

 寂しかったし、陽人さんの温もりを求めて何度も涙した。それでも、迎えに来てくれるという約束を(よりどころ)にして待ち続けた。

「本当なら、結花が元気になるまで離れずについていてやりたい。やれるものならとっくにやってる。結花がこのまま折れてしまうのを黙って見ているなんて俺には絶対に出来ない。だったら、結花を一度、この家と同じ、結花の全てを受け入れてくれる実家で休ませた方がいいと考えた」

「うん……」



 JFK空港の出発ロビー、私はいつまでも陽人さんの手を離せなかった。

「必ず迎えにいく。だから結花も安心して休むんだ。いいね?」

 指切りをして、私の涙をその指で拭うと、私の唇をそっと陽人さんの唇で塞いで嗚咽を飲み込んでくれた。

 日本までの機内、私は睡眠薬を使ってひたすら眠り続けていた。起きていることで、頭の中に渦巻く不安がまた私を泣かせてしまうと分かっていた。

 チェックインのとき、陽人さんがカウンターで事情を話してくれ事もあったのだと思う。

 搭乗ゲートからキャビンアテンダントさんがついてくれて、座席もありがたいことに機内後部の両隣に誰もいない静かな区画に移してくれた。

 成田空港の到着ロビーには小さなバック一つで降り立った。大きな荷物は無理だし、実家なので服はいくらでも工面できると言ってくれたらしい。

「結花……」

 両親の前に辿り着いたとき、もう我慢できなくなった。

 私はその腕の中に倒れ込んで声を上げた。

「おかぁさん……。ごめんなさい。わ……たし……、できなかった……」

「うん、頑張ったね。よく頑張ったのよ」

 車いすを借りてくれて、駐車場に向かう。

 後部座席の隣にお母さんが座って、お父さんの運転で久しぶりの実家。こんな形での里帰りになるなんて思ってもいなかった。

 その夜のことはあまり覚えていない。私はただ泣き続けて、お母さんはそんな私をずっと抱きしめていてくれた。