<帰りたくない夜>



 バスに乗り換える駅に着いた時、和人とあたしは顔を見合わせた。

「気づいてたんでしょ?」

「千佳だって分かってたんだろ?」

「えへへ……」

 お互いの顔から苦笑いが漏れる。

 そう、ここからのバスはつい5分前に最終が出てしまっているから。

 もちろん、バスの時刻のことは二人ともちゃんと頭には入っていたのに。

「どうする? 戻るか?」

 まだ時間は午後10時前。一駅戻って、電車を乗り継げば帰ることは出来る。

「……なんだかね、今日は帰りたくない……」

「そうか……。よし、そうしよう」

 和人は頷いて、あたしの手を引きながらバスターミナルから離れた。

 少し歩いたところにあるビジネスホテルに着いて、フロントで聞いてみる。

 ダブルベッドの部屋が空いているという。

「うん、いいよ」

 宿泊者の名前を書くとき、あたしは思い切って初めてのことをした。

『斉藤千佳』

 和人の欄の下に、自分の名前をそう書いた。

 和人の目が見開かれる。そう、これならあたしたちは家族だもん。ダブルベッドの部屋だとしても怪しまれることもない。

 部屋に入って、ようやく大きく息をついた。

「あー、緊張した」

 ドアのロックをかけて、大きくのびをして笑う。

「なにもあそこまでしなくてもよかったじゃん」

「だってフロントの人、あたしたちどういう関係なんだろうって視線だったし。夫婦に見えたかな、でもやっぱり兄妹かな?」

 突然のことだったから、泊まりの準備など何もないし、あたしたちのような恋人同士の成り行きだとしたら、こういうビジネスホテルよりも、もう少し別の選択肢を選ぶ方が自然だろう。

 着替えも持ってきていなかったから、シャワーを浴びて、備え付けのガウンに着替えた。仕方ない、下着は明日帰って取り替えればいい。

 部屋を暗くして外を眺める。街の明かりが広がって、遠くには真っ暗な空間が広がる。あそこから先は海だから。

「千佳……」

「ごめんね、わがまま言って。まだ帰れたのに」

「ううん、なんか千佳があの名前を書いたときに、なんかハッと思ってさ」

 テーブルをはさんだソファに座る和人も外を見ていた。

「今日ね、菜都実さんに次はあたしたちって言われて、ドキッとしちゃったんだ。そうか、あたしたち、もうそこまで来ているんだって……」

「そうだね。いつの間にか、もうそこまで来ちゃってるのか」

「だからね、初めて書いてみたの。意外にサラッと書けちゃったけど。凄いね、結花はもう3年も前にそれを経験してるんだよ。あたしは結局、時間を引きのばしただけじゃないかって思うようになったんだ」

 比べちゃいけないと思っていても、やっぱり親友はあたしの一歩先を歩いている気がしていた。
 
「俺には無駄な時間を過ごしたようには思えないんだよな。千佳だって、出会った頃に比べたら本当に大人になってきたと思う。ずっと一緒にいてそう思うんだから、自信持っていいと思うけど、それでも自覚ない?」

 和人があたしの手を握ってくれた。