「じゃぁ斉藤君、ちぃちゃんをお願いするね」
途中まで三人で歩いて、結花が先に別れる。
あたしは彼と二人で歩みを進めた。
「本当に、今日はありがとう。凄く嬉しかったよ」
「佐伯も無防備なんだから。気をつけろよ?」
「うん、ホントだよ。あたしなんかモテないのになぁ……」
斉藤君が足を止める。すべり台とブランコだけの小さな児童広場のベンチに腰を下ろした。
「佐伯って、誰とも付き合ってないの?」
「うん……。ずっと誰もいない。クラスに可愛い子たくさんいるし。あたしなんか見向きもされない。本当はさっきの結花だって凄く可愛いんだよ? あたしは高校時代は諦めてる感じ」
斉藤君が緊張してつばを飲みこんだのが分かった。
「さっき、電車の中で俺の彼女って言ってくれたとこ、本当に格好良かったよ。セリフだったとしても嬉しかった」
そこで、あれは冗談だと笑ってくれると思った。
でも……。
「佐伯、あのセリフ、本当にしてもいいかな?」
「えっ……?」
斉藤君の顔がうす暗い中でも分かるくらいに赤くなっている。
「佐伯さえよかったら、彼女として付き合ってくれないか?!」
「え? あたしでいいの……?」
思わず、右手の人差し指で自分の顔を指してしまう。
「ずっと見てたんだけど、佐伯にはもう誰かいるのか聞けなくて……」
「ううん。本当に誰もいない。でも、本当に……?」
信じられなかった。中学でも声をかけてくるのは後輩の女の子ばかりだったし、高校に入って1年目の今はそれすらもない。それはそれで構わないかとも思っていた。
「もし佐伯が迷惑だったら、この話はなかったことにしてもいい」
「もしあたしが迷惑だと言ったとして、斉藤君はそれで納得できるの?」
「い、いや……。たぶん難しいかもしれないけど……」
俯いてしまった彼の前に立った。
「変なこと言ってごめんなさい。あのね……、嬉しい……」
変だな。涙がつぅと頬を流れた。
「佐伯……」
「いいよ……。あたしでよかったら、斉藤君の彼女にしてくれる? もし付き合ってみて、無理そうだったら言って?」
「絶対に無理なんて言わない。俺が佐伯を好きなんだから」
「うん……、ありがとう……」
学校では二人の関係は秘密だった。斉藤君はそもそもあまりそういう話題に以前から加わらなかったし、周りに騒がれてあたしが困ることも無いように黙っていてくれた。
だから、教室の中でもこれまでと変わらない。ごく普通のクラスメイトとして接していた。
ただ、一人を除いて……。
「結花、帰るよ?」
「ごめんちぃちゃん、ちょっと用事出来ちゃって」
「えっ?」
結花は笑うと、誰にも聞こえないようにあたしに耳打ちした。
「斉藤君が図書室で待ってるよ」
「結花……」
自分でも顔が赤くなってしまうのが分かる。
「誰か他に知ってるの? あたしたちのこと……」
「ううん。待ってるなんて斉藤君も言ってないよ。でも、私たち長い付き合いだよぉ?」
結花に肩をぽんぽん叩かれて、あたしはカバンを持った。
「結花、あとでお礼するから」
「そんなのいいから、頑張って」
図書室の扉を開けると、彼が驚いた顔していた。
『校門のところで待ってるね』
カウンターにあった申請用紙にメモを書いて渡すと、彼も頷いてくれて、あたしは一足先に校舎を出た。
「結花!」
一人で歩いていた親友を見つけて声をかける。
「ちぃちゃん、いいの?」
「門のところで待ち合わせ」
「そっか」
二人で正門のところに立っていても、結花と二人だから好奇の目もない。逆にそれがありがたかった。
「佐伯お疲れ。原田も一緒だったの?」
そこに彼が走ってくる。結花を見て一瞬迷ったみたいだけど、そこはまだ他の目がある場所だから流してくれた。
「もぉ、結花はどうして分かったの?」
三人で帰りながら、あたしは結花にぶつけてみる。
「えー? だって斉藤君、私にちぃちゃんのこといろいろ聞いてくるんだもん。私だってそこまで鈍くないよ」
「なんだぁ」
それなら、感性の鋭い結花のことだ。すぐに察してしまっただろう。
彼女もあたしたちのことは誰にも口外しないことを約束してくれた。
この三人の約束は本当に高校を卒業するまでクラスメイトはもちろん、それぞれの親も知らなかったほどだったんだ。