小島先生が学校を辞めるという衝撃な話はまだ校内の生徒で知っているのはあたしだけのこと。
昨日の放課後、あの指導室で教材のプリントを整理しているとき、ぼそっと教えてくれたんだ。『俺は1学期で辞める』と。
「理由は何か言ってた?」
「ううん。でも、結花がいなくなってから、ずっと元気がなかったんだよね。今年は担任も持っていないし、それなら迷惑をかけることも少ないって」
「私のせいだ……。私が約束を守れなくて学校辞めたから、先生その責任感じて……」
ベンチに座り込んだ結花が顔を押さえてしまう。
「結花に会ったら言ってくれって。『先生が自分で決めたことだって。原田が責任を感じないようにって』 そのあとに、『でもあいつが知ったら無理だろうな』って笑ってた……」
あたしも分かっている。先生はそう言っているけれど、やっぱり結花が学校を辞めてからの様子を見ていると、影響がないとは思えなかった。
「大丈夫だよ。教え方うまい小島先生じゃん。すぐに再就職できるよ」
「うん、でも……。そうなったら、もう相談しに行けない……」
「そっか……、そういうことか……」
結花に言わせれば、学校を辞めたとしても、先生が残っていればいろいろ相談に乗ってもらうことも出来ると。確かにそのとおりだ。
「大丈夫だよ。結花のことをあんなに大切にしてくれた先生でしょ? ちゃんとまた会えるって。だから、それまでに結花が元気になって今度は堂々とお付き合いできるようになっていればいいんじゃない?」
「お付き合いって……」
動揺してしまう結花。でも、もういいと思う。二人の思いをお互いにぶつけ合っても許されるはずだから。
「だって、先生も結花も『教師と生徒』だったから、一生懸命に自粛してたんじゃない。それがなくなれば全然問題なくなるわけでしょ?」
結花が驚いたように顔を上げてあたしを見つめた。
「ちぃちゃん、スゴいこと考えるんだね」
「だって、結花も先生も、あたしからすれば両想いなんだもん」
「そうだったのかなぁ」
「そう『だった』じゃなくて、今でもそうなんだってば!」
目をぱちくりさせる結花、あたしはそのまま続ける。
「あたし、思ってたよ。結花が卒業したら、先生は間違いなく結花にアタックするって」
もうそれは、女の勘を越えたあたしの確信だった。
結花が気持ちを振り絞ったバレンタイン以来、小島先生の態度は明らかに変わったからだ。
それまでの、誤解されたら困るという理由で受け付けないのとは違う。
先生にとって大事な人がいる。その人を傷つけたくない。その人への気持ちを温めたいという理由に変わったからだ。
結花のすがってくるような表情に、あたしは先生と病院からの帰り道に「教職を選んだことを後悔している」発言を話した。
「先生は、今の関係じゃ結花に気持ちを言えないって分かっているからだよ。結花が学生でなくなったのだから、先生も教師じゃなくなって、条件を整えているようにしかあたしには見えない」
「ちぃちゃん……」
驚いている結花。それはあたしがこれまで積み重ねてきた情報を整理すると間違いないと断言できた。