「小島先生!」

 あたしは頭の中が沸騰した状態のまま職員室に駆け込んだ。

「どうした佐伯?」

 隣のクラスの生徒であるあたしが、小島先生を目がけて飛び込んでくるなんて、他の理由はない。

「呑気に食べている場合じゃないです」

 先生に事の顛末を耳打ちすると、顔を真っ赤にして怒り出した。

「まったく、おまえたち高校生は何を考えているんだかわからん!」

 これでは半年前の修学旅行と変わらないし、もはや再び起きた悪質な事件だ。

 あのときと同じく手分けをして探すことになる。

 下駄箱を見て、まだ校内に居るらしいことは分かった。屋上や購買部などを回ってみる。部活には在籍していないから部室棟ではないだろう。

 こう考えてみると、いくら勝手を知った校内でも一人を捜し出すのは大変だということだ。

『2年1組の佐伯さん、保健室に来てください』

 そろそろ探す場所がなくなってきたとき、校内の呼び出しが入った。

 階段を下りて、1階の保健室の前に走りこんだ。

「失礼します」

 中には養護の先生と小島先生、そしてベッドに結花が寝かされていた。

「もぉ、心配させて……」

 あたしも足の力が抜けて、椅子に座り込んでしまう。

 聞けば、最初から何かあったときには保健室に来るように言い聞かせてあったって。そして、あの空気に耐えられなくなってしまった結花は、過呼吸をこらえながらここまで辿り着いて動けなくなってしまったという経緯だったという。

「佐伯、原田のそばにいてやってくれるか?  授業の方は俺から言っておく。この件は放置するわけにはいかない」

「ですが、小島先生。原田さんのプライバシーにも関わる問題ですよ。事を大きくしても別の問題になってしまいます」

 そう、あたしたちは話してもらったから知っているけれど、結花の本当の病名を知っている関係者はごく一部なんだ。まして、テレビなどでも名前はよく聞くがんという病についても、まだこの歳では(わずら)う方がレアケースだ。

 でも、髪を切り落として脱毛に備えたことは、芸能人でも時々報道されているし、どういう事態なのかはみんな知っている。

「原田……、どうする? 最後はおまえの気持ち次第だ」

 先生の方が泣き出しそうだ。それはそう。どんなに忙しくても結花を守るために努力しているのに。

「犯人探しは……しなくていいです。教室のことは先生にお任せします。でも、きっと、みんな先生を見る目が変わってしまうかもしれません。それが私には辛いかもです」

「そうか……。ただ、正しい情報はきちんと1組にも2組にも話しておく必要はある。それだけは許してくれないか?」

「はい。みんながお互いにギクシャクする方が私には辛いです」

「本当に、直接聞かせてやりたいくらいだ……」

 きっと、先生の中では絶対に許せないことなんだろう。でも、もしあまりにも結花に肩入れした話し方をしてしまえば、先生の立場に影響が出てしまいかねない。

 昼休みが終わって、先生は午後の授業に出て行った。

 あたしは結花のそばに座って話し相手をしていた。

「ごめんね。結局私ってこういう運命なんかなぁ」

「バカ言わないで。あたしは結花が戻ってきてくれて嬉しかったんだから」

「そう思ってくれた人もいてくれたんだよね。だめだなぁ……」

 放課後、校内が静かになってから、小島先生はあたしたちを迎えに来てくれた。

「すまなかったな。残念だが発端の奴を探し出すことはできなかった」

「先生……。私は平気です。それよりも先生が変な目で見られてしまう方が心配ですよ」


 その日を最後に、結花は再び病院に戻ってしまった。

 そして、あたしは分かっていた。きっと結花は隣のクラスに戻ってくることはないだろうと。