「よかった。顔色が戻ってきたみたい。寒くない?」

「ありがとうね。私、情けないなぁ……」

 いくら暖かい季節だと言っても、あれだけの雨に濡れれば冷えちゃうのは当然だよ。

「あんなの相手にしてたら疲れるよ。仕事しに来ているみたいだもん。明日はゆっくり出来るんでしょ?」

 明日の自由行動は、時間の管理も各々に任されるから、もし誰かが遅刻をしたとしても結花の責任とはならない。それはちゃんと修学旅行のしおりにも書かれている。

「うん、終日自由だからね。一人で水族館行ってくるよ」

「そっか。ごめんね一緒に行けなくて」

「ううん。クラス違うし、さっきのこともあるから、私はひとりの方がいいと思う。ちぃちゃん、私のことは気にしなくていいよ。彼氏さんに悪いから」

「へっ!?」

 もう、この場面でそれを言う? 心配しなきゃならないのは結花の方なのに。

 あたしに交際相手がいることはクラスの誰も知らない、結花だけには話したけれど、この親友は状況を察して誰にも口外しないでいてくれている。

「ずっと私のこと気にしてくれてありがとうね。私は大丈夫。ちぃちゃんが幸せになっていくなら、私はそれを見送っているから」

「まったく、そんなこと言って、強くなったのかと思ったけれど、結花だって好きな人が出来たんでしょ?」

「えっ? 私は……、でも……ただ……」

 顔を真っ赤にして慌てる結花は、妹のように接しているあたしから見ても可愛かった。

「うぅ……、でも、好きってどういうことなのか分からない。きっと、私のこと見てくれる人なんていないよ。高校になっても初恋まだなんて知ったら、みんな引いちゃうもん。でも、どうしたら好きになったっていうのかな、恋ってどうすれば出来るのかな……」

「結花……」

 顔が赤いのは恥ずかしいのか、熱いお湯で少しのぼせてきてしまったせいなのか。

 急いでお風呂を切り上げて、エアコンを効かせた部屋のベッドに寝かせ、濡れタオルを額に乗せてあげた。

「ありがとうちぃちゃん……。迷惑ばっかりかけちゃってるよ……。こんな私、愛想尽かされちゃって当たり前だったんだよね……」

 寝やすいように薄暗くした部屋、あたしは結花の制服を(ゆす)いでいた。確かランドリーがあったから、そこで脱水をかければ大丈夫だろう。

「中学生の時にね、何回か男の子に声をかけて貰ったことがあったよ……。でも私ね、喜んで貰うことが出来なかった。みんな離れていっちゃった。女の子たちの恋の話も分からなくて……」

「結花、今のあんたはちゃんと恋してる。誰のことだかあたしには分からないけど、その人と一緒にいたいって思うんだったら、立派な恋だよ。進め方なんて教科書は無いから。結花のその気持ち、大事にすることから始めればいいんだよ」

「うん……」

 気持ちも体力も疲れていたのだろう。結花はとろんとした目であたしを見上げていた。

「結花、制服はあたしの部屋で乾かしておくから、明日の夜届けに来るよ。明日は私服の楽しみの日なんだから、ゆっくりしておいでよ」

 明日は誰からも制約を受けることが無い。結花が提出していた計画は、水族館で終日を過ごすと書いてあった。

「ありがとう……、お姉ちゃんみたいだぁ……」

「あたしも結花みたいな妹がいたら、もう少しマシな女の子になれたかな?」

 答えが無くて、すでに結花は寝息になっていた。

 彼女の額に乗せた濡れタオルをもう一度交換して、そっとドアを閉めた。