静けさの中で、星羅を乗せた大きな箱はぐんぐんと天へ昇っていく。
 星羅はちらりと千花を見た。千花は先程、星の旅人と名乗ったけれど。彼女は一体、何者なのだろうか。そして、このエレベーターはなんなのだろう。自分はたしかに病院にいたはずで、いつも通りにエレベーターに乗り込んだはずだった。
 けれど、エレベーターは本当に上昇している。かれこれ数分。普段なら、とっくに星羅の病室がある五階にたどり着いているはずだった。
 自分はいよいよ頭がおかしくなったのか。それとも、気付かないうちに死んでしまったのではないか。ぐるぐる考え込んでいると、リアルな浮遊感とともにエレベーターがすうっと静止した。
「着いたよ」
 千花が言うと、ゆっくりと扉が開く。開き始めた扉の隙間から差し込む光に、星羅は目を細めた。
 扉が開き切ると、星羅はゆっくりと目を開く。
「わぁ……」
 星羅の目の前には、煌びやかな星の大海原が広がっていた。
 藍色と紺色と、それからふわふわと点滅を繰り返す青白い光たち。それらがケーキのマーブル模様のように優しくかき混ぜられた銀河。まるで、幼い頃に見た絵本の中そのものの景色が、見渡す限り広がっている。
 千花は星羅の手を握り、軽やかに歩き出した。
 ふわり、と身体が重さを失ったように、宙に浮く。上も下も、右も左もなにもない。
 星羅の視界いっぱいに、青色や白色やオレンジ色の眩い光が溢れていた。
「さあ、探しに行こう。あなたの会いたい人に」
 ぱちん、と千花が軽やかに手を鳴らす。すると、ぱっと景色が変わった。
 今度は、青紫色の草原に立っていた。足を前へ踏み出せば、しっかりと草と土を踏む感触がある。
「すごい! なにこれ、きれい」
 星羅の視線の先には、青色の花が咲いている。桔梗のような可愛らしい花だ。
「この花は思い出の花って言うんだ。ひとつひとつにその人の思い出がぎゅって詰まってるの。光ってる花は、あなたの花だよ」
「私の花?」
 星羅は周囲を見渡す。幻想的で美しく咲き乱れる花たち。しかし、どれも美しいけれど、光っている花は見当たらない。
「さて、あなたの思い出の花を探しに行こうか」
「でも、こんなにたくさんの花があるのに、どうやって?」
「そうだね。ここは思い出が咲き乱れてるから、歩いてたら途方もない。汽車で行こう」
「汽車?」
「うん。この先に銀河ステーションがあるから、そこから汽車に乗るんだよ」
「銀河ステーション? それって」
 星羅はひやりとした。
 銀河鉄道の夜。あまりにも有名なその物語は、以前読んだことがある。銀河鉄道は、死者が乗る列車だったはずだ。ジョバンニは特別な切符を持っていたから無事地上へ帰ることができたが、星羅はなにも持っていない。
「……ねぇ」
「うん?」
「あなたは、誰? 私とよく似てるのはどうして? ねえ、どうして私をこんなところに連れてきたの? 私はもう、死――」
 すると、千花は慌てた様子で星羅の口を塞いだ。
「しー! それ以上言っちゃダメ!」

 千花の慌てた様子に、星羅はなんとなく察した。
 やはり、自分は死んだのだ。でも、いつだろう。苦しかったのは、葵から逃げ出したときだ。もしかして、あのときに死んだのだろうか。

「ここは誰が聞いているか分からないの。ここは、どこにでも繋がってるから。ね、行こっ?」

 千花は誤魔化すようにそう言うと、さくさくと歩き出す。
「でも……」
「大丈夫。私がちゃんと元いたところに返してあげるから。ね、星羅ちゃん。私を信じて」
 彼女の微笑みに温かいものを感じ、こっくりと頷く。
「……うん」
「ありがとね、星羅ちゃん」
「どうして千花さんがお礼を言うの?」
「だって、家族だもん」
「家族? 私と千花さんが? だから顔が似てるの」
「違うよ。この世界では、みんなが家族なんだよ。この世界は全部が溶け合うの。時間も、血筋も、夢も現も、なにもかも全部」
「……そうなんだ」