落ち葉が続く小径を、少女が歩く。

 ゆっくりと歩く。

 間もなく霜の季節だと、少女は思う。



 少女の右足は、不自由な動きを見せる。

 それを補うように、彼女は杖を突いている。



 小径は庭園に続いている。

 この学園の広場でもある。

 今は昼休みだ。

 少女も庭園のベンチで、持参した昼食を摂る。



 あの彼ひとと一緒に食べるのだ。

 不自由な足取りが軽くなる。

 ひと時の幸せな予定だから。



 そんな予定だった……。





「ポーラ様!」



 金属の様に響く声がする。

 杖を突くポーラは呟く。



「出た!」



 されどポーラの顔には、微笑みが浮かんでいる。



「はい。何かご用でしょうか。アンカーシ伯爵令嬢」



 アンカーシはアゴを突き出し、ポーラに言い放つ。



「用? そんなものは一つだけよ」



 アンカーシの取り巻きの令嬢たちも、彼女の背後に立っている。

 ポーラの行く手を阻むかのように。



「いい加減、解放してあげてよ! ルイード様を!」



 その名を聞いたポーラの瞳に、落ち葉の影が過ぎった。









 ◇初霜の日◇





 ポーラ・ローキンスは、大国に挟まれた、テイジア王国に生まれた。

 ローキンス家は地味な子爵家だが、両親と二歳上の兄の愛情に包まれて、ポーラはすくすくと育っていた。



 王都のはずれの邸の周囲には、貴族たちの家々が並び、ポーラも幼少の頃は爵位を意識することなく、近くの同年齢の子どもたちと遊んだ。

 特に仲が良かったのは、マジェスティ家の兄弟だ。



 嫡男のハウダーはポーラの兄クアールと、弟のルイードはポーラと、それぞれ同い年だ。

 四人は外遊びが好きだった。

 男子三人に混ざって、ポーラも一緒に駆け回った。



 ポーラは笑いながら、よく走り廻る。

 初めて会った時から、ルイードの後を追いかけた。



 ハウダーは妹が欲しかったそうで、特にポーラには優しい。

 ルイードは、よくポーラに悪戯していた。

 二人とも金髪に青い瞳を持ち、端正な顔立ちだった。





 テイジア国の冬は、初霜が降りた日から始まる。

 木々の梢にも霜は降り、朝日にキラキラと輝くのだ。



 それは妖精の恵みと言い伝えられており、初霜が降りた枝を持っていると、願い事が叶うという。



 その年の初霜は、例年よりも遅かった。

 その分、雪と見紛うほど、辺り一面を白に変えていた。

 針葉樹の葉先も、輝くような白色になっていた。



「よし! あの枝を取ろう!」



 言いだしたのはハウダーだ。



「「僕も取る!」」



 ポーラの兄クアールと、ルイードも続く。



「えっ、わたしは?」



「下で待ってて。ポーラの分も取ってあげるよ」



 氷面のような木の幹を、三人は登り始める。

 ポーラは、見つめた。

 もう少し、あともう少しで彼・の手が小枝に届く。



 だが。

 いきなり黒い塊が落ちて来た。

 ポーラの目の端には、金色の髪が映っていた。



 ポーラの記憶はそこで途切れている。





 而して。



 マジェスティ家の兄弟、どちらかが木から落ちた。

 少年の体を、ポーラが受け止めてしまった。



 命に別状はなかったものの、ポーラの手足には、いくつもの骨折が生じていた。

 王都の施術院ではどうしようもなく、隣国のイクソーシアから、ケガに詳しい医師を招いた。



 医師は告げた。



 骨折は治る、と。



「でもね、ポーラ嬢。よく聞いて欲しい。骨と骨を繋ぐところは、壊れたら二度と治らないんだ」



 医師の話では、太ももの付け根の関節に、歪みが出てしまったそうだ。



 ポーラは医師をじっと見る。黒い髪を後ろで束ねた、美しい面立ちの医師だ。



「治らないと、どうなるの?」



「上手く歩くには、訓練が必要になるね」



「……それだけ?」

「速く走るのは、ちょっと難しいかもしれない」 



 ポーラはふっと息を吐く。



「なんだ。それくらいなら、構わないわ。うん、大丈夫」



 ポーラは医師の指示に従って、すぐに機能回復に努めたのだった。

 足の回復には時間がかかったが、腕や体幹は徐々に強くなっていった。





 だが。

 所謂「傷モノ」になってしまった令嬢を、ハウダーとルイードの親たち、即ち、マジェスティ侯爵家は放置出来なかった。

 ケガの原因は、兄弟のどちらかだ。



 ポーラの足が完治しなくても、ハウダーかルイードと結婚させることを申し出た。





「俺だ! 俺がポーラの上に落ちた!」



 ルイードの主張が認められ、ポーラとルイードは正式に婚約した。







 ◇出来ることと、出来ないこと◇





 それから十年。

 悪戯好きなルイードが、ポーラの背を追い越し、徐々に無口になり、学園では騎士科に在籍している。

 マジェスティ家の兄弟と言えば、女生徒の憧れの存在だ。



 そうなると、ポーラは邪魔な存在として、一部の女子に認識されている。



「子爵のクセに」

「古傷をかさに」

「ルイード様と、絶対釣り合わない!」



 筆頭は、現在ポーラの目の前にいる、アンカーシーだ。

 由緒正しい伯爵家生まれで、学園内でも有名な美少女である。

 伯爵が彼女を手離したくなくて、今まで誰とも婚約の運びとなっていないが、そろそろ相手を決めるべき時期なのであろう。



 このところ毎日のように、ポーラに絡んでくる。 

 ポーラとしては鬱陶しいことこの上ないのだが、何分爵位が上の令嬢である。

 微笑みながら、やり過ごすしかない。





「まったく、人間の話す言葉が、まったくお分かりになっていないようね」



 今日はまた、一段とキツイ物言いである。



「あざとく杖なんか突いて、本当は必要ないでしょ!」



 取り巻き令嬢の一人が、ポーラから杖をひったくると、遠くへ放った。



 あらら。

 特注の杖、お高いのですよ。



 今でも杖がないと、ポーラの歩行はギクシャクする。



「せいぜいご自分で、取りに行ってくださいな」



「ええ、そういたしますわ」



 唇をゆがめてポーラを見つめるアンカーシーに、ポーラはさらりと言う。



 そして。

 制服のスカートの裾を足の間に挟み、ポーラは逆立ちをした。



「「「!!」」」





 そのままの体勢で、ポーラは進む。

 足の代わりに二本の腕を交互に動かして。



 しかも、かなり速い動きである。



 あっという間に落ちた杖を拾うと、ポーラはまた、ゆっくり歩き始めた。

 その姿をアンカーシーは苦々しく見つめていた。





 ポーラが庭園のベンチで、持参した昼食を摂っていると、ふわっと風が舞い、誰かがポーラの隣に座った。



「美味しそうだね」



「お一つ如何ですか? ハウダー様」



「いや、もう食べてきたから」



 ハウダーの眉間に皺が寄る。



「ところで、さっきの件だけど……大丈夫?」



 あら、見られていたのね。



「ええ、こんな時のために、腕を鍛えておいて良かったです」



 屈託のないポーラの笑顔に、ハウダーは目を伏せる。



 いつもそうだ。

 痛くても苦しくても、ポーラは弱音を吐かない。



 見ている方が辛くなる。



 あの時も。

 初霜の日もそうだった……。



「いくら兄さんでも、俺の婚約者の横に座るのは、いかがなものかな」



 ハウダーの肩を掴む手は弟のものだ。



「ルイード様!」



 まさに花がほころぶような、ポーラの顔を見て、ハウダーは立ち上がり、ルイードに席を譲った。

 ルイードは指先で、ポーラのランチボックスから何かを摘まむと、そのまま頬張る。



「お行儀、よろしくなくてよ」

「いいじゃん、腹減ってるんだから」



 ハウダーはルイードに声をかける。



「ルイ」

「何?」

「婚約者って自覚あるなら、もっとポーラに気を使え」



 そのまま立ち去るハウダーの背に、ルイードは小声で言う。



「気安く、呼び捨てにすんな」



 金髪に青い目は同じでも、成長するにつれて、ハウダーとルイードの個性は異なってきた。

 ハウダーは、短髪に切れ長の瞳で成績優秀者の常連。

 ルイードは、肩まで伸ばした髪を、剣術の時だけ束ねている。



「何言われたの? アイツに」



 些か不機嫌なルイードに、ポーラはくすりと笑う。



「何って、お昼食べてきたってこと」



「ふうん……」



 ごそごそと、ルイードは何かを取り出す。 



「招待状?」



 それは高位貴族への夜会の招待状だ。

 期日は一か月後。場所は、王宮。

 勿論、婚約者であるので、ポーラも出席は出来る。



「アン……アンカーシー嬢が、『どうせポーラ様は出られないでしょうから、エスコートをお願いしたいわ』って言ってきた」



 なるほど、それでいつもに増して、絡んでくるのかとポーラは納得した。



「どうする? ポーラ」

「せっかくだから、行ってみたいな」



 ポーラのオレンジ色の瞳が、キラッとする。

 行きたいという返事を想定していなかったのか、ルイードは少々驚く。



「……ンスが。ダンスがあるんだ」



 苦しそうに言うルイードに、ポーラは晴れやかな顔を見せる。



「大丈夫! 夜会までに、踊れるようにするから」



 その笑顔を眩しそうに見つめるルイードに、ポーラは言う。



「もしも、ね。もしも夜会でダンスが出来なかったら……。

その時は、婚約を白紙に戻しましょう」







◇ルイードの独り言◇ side ルイード





 いつも彼女は大丈夫と言う。

 幼馴染の、ちょっと気の強い彼女、ポーラ。



 あの時も、そうだった。

 体のあちこちに、大きなケガをした時も。



 ポーラは、歩けなくなるかもしれない。そう父が言った。

 ケガの責任を取って、マジェスティ家の嫁に迎えようとも。



 俺は知っていた。

 兄のハウダーが、ポーラの上に落ちたことを。

 きっと、ハウダーも分かっていたはずだ。



 だが、俺は言い切った。



「俺が落ちた。俺がポーラと結婚する」



 好きだったのだ。

 幼いながらも俺は、ポーラに恋をした。

 自分の気持ちを素直に伝えることは、ガキだった俺には難しかった。



 今でも難しい。

 

 でもポーラはきっと、兄のことが好きだったと思う。

 だから、贖罪でもなんでも良い。

 この機会を逃したら、ポーラを手に入れることは出来ない。



 俺が無理を通した婚約だ。

 だから。

 これ以上の無理はしたくない。

 ポーラにも、させたくない。



 それなのに、彼女は今日も無理をしている。

 他の令嬢に嘲笑され、嫌がらせをされても微笑んでいる。



「大丈夫」



 ポーラ。

 君は俺といて、幸せか?

 『婚約を白紙』に戻すなんて、今更なぜそんなことを言うんだ。



 兄を……ハウダーをまだ、想い続けているのか……。







◇そのために踊る◇





 ポーラがケガをした時に、診察した医師は、杖を作る名人も紹介してくれた。

 子どもが使う杖は、成長に合わせて微調整が必要になる。

 その調整は、職人の技術力に左右されるのだ。



 一か月後の夜会に向けて、ポーラは杖職人の元を訪ねた。

 職人は馬車で三日ほどかかる、国境に住んでいる。



「ダンスを踊るための杖が欲しい? 凄い無茶ぶりだな」



 アルゴという職人は、笑いながら仕事の手を休めない。



「まあ、出来なくはない。お嬢様のお願いなら、叶えないとな。アイツに笑われるのも癪だ」



 『アイツ』というのは、きっと医師のことなのだろう。



 ポーラのいつも使っている杖の調整後、アルゴは試作を繰り返す。

 合間にぽつぽつと、ポーラはルイードのことや、夜会に招待されたことを彼に話す。



「なるほどね……。でもさ、婚約解消とか白紙とか、そうそう簡単に言うものじゃないぜ」

「そう、なのですか?」



「大幅に、人生が変わってしまうってのもあるし……。それに、十代の男の本音って、なかなか好きな相手には、言えないものだから」



「自分だけが好きで、相手は罪滅ぼしの婚約って、どうなのかしら……」



 アルゴは目を細める。



「贖罪の意識だけでは、十年も付き合ってこないよ」



 ポーラは分かるような、分からないような話であった。

 ただ、自分よりもずっと大人のアルゴにも、若い頃の過ちがあったらしいことだけは感じた。



 

「ほら、どうだ! これならお嬢さんの足も動くし、ダンスも踊れるぞ」



 数日後、アルゴは女性のダンスを補助する特別な補助具を、見事作り出したのだった。





 邸に戻ったポーラは、兄と父に相手をしてもらい、ダンスの練習を続けた。

 練習を開始した日、兄のクアールは心配そうな表情で、ポーラの手を取った。



「無理、するなよ」

「うん。大丈夫、大丈夫!」



 クアールも、妹のケガには責任を感じていた。

 人前では元気そうに振舞いながら、自室で一人きりになると涙を流す妹を、ずっと見守ってきた。



「ルイードは、なんて言ってた?」

「お兄様と同じ。無理するなって」



 父はいたわるように、娘の腰に手を置く。



「最近、ルイード君とは、どうなんだ? 上手くいっているのか?」

「大丈夫です。そのために、踊りますから」



 それから二十日間余り。 

 色のついた葉は落ち、朝晩の寒さが増してきた頃、初霜が降った。

 夜会の当日である。







◇それは贖罪のためではなく◇





 夜会の当日は、ルイードがマジェスティ家の馬車で迎えに来た。

 いつものぼさぼさ髪は、後ろに流してあり、青い瞳がよく見える。

 正装姿のルイードに、ポーラの鼓動が跳ねる。



 ポーラは深い青色のドレスで、裾はボリュームのある広がりを持つ。

 右手には今日も杖がある。



「その、ポーラ……。綺麗だ、とても」



 顔を逸らしながらのルイードの科白に、ポーラは苦笑する。

 職人アルゴが『十代の男は、本音を言うのが難しい』と言っていた通りなのだろう。



 ルイ―ドは「これ」と言って、手を開く。

 そこには小さな松の枝が一本ある。



「今日、朝取ってきた。ポーラに渡そうと思って」



「ありがとう! 嬉しいわ」



 笑顔のポーラを見つめるルイードの口角も、僅かに上がっていた。





 会場に着くと、ポーラは杖を小さく折りたたむ。



「お前、杖なしで……」

「大丈夫、大丈夫!」



 会場では、あからさまにルイードに熱い視線を送る女性や、ポーラを見てひそひそ囁く者がいる。

 ルイードの目付きは悪くなるが、ポーラは飄々と進む。



 拍手が起こる。

 国王と王妃が入場した。

 王太后が宰相に手を引かれ、その後に続いた。



 ポーラは遠くから、粘性のある視線を感じた。

 アンカーシーと、彼女の取り巻きたちだ。

 そろそろ、ダンスの時間になる。



 王太子と彼の婚約者がフロアの中央で踊ると、カップルたちが互いの手を取り音楽に乗る。



「行けるか?」

「ええ!」



 心配顔のルイードに、ポーラは頷く。

 

「お待ちになって!」



 ポーラを引き留める声がする。

 声と同時にアンカーシーが、いきなりポーラの杖を取り上げる。



「なっ!」



 アンカーシーを睨むルイードを見ることなく、彼女はポーラに言った。



「まさか、国王陛下の御前で、杖をついて踊るなんて、無様な真似はしないわよね」



 ポーラは最上級の微笑みで答える。



「勿論ですわ。さあ行きましょう、ルイ」





 昔の呼び名を聞き、ルイードの顔に朱がともる。

 杖なしの歩行だが、しっかりとしたポーラの足取りだ。



 そして、二人は踊り始める。

 王族も、周囲の人々も注視する。



 それはそれは軽やかな、ポーラのステップだった。

 ドレスの裾は重そうだったが、ルイードは上手にカバーしリードする。



「私、大丈夫でしょう?」

「ああ」

「だからもう、心配しないで」

「何を?」



 曲が終わる。

 淑女の礼を執るポーラは、ルイードに告げる。



「ダンスも礼も出来るようになったの。だから

贖罪の為の婚約なんて、終わりにしましょう」



 一瞬、何を言われているのか、ルイードは分からなかった。



 終わり? 婚約が終わる?

 贖罪って何だよ!

 そんなんじゃ、ない!



「ふふ。ようやく解放する気になったようね。良かったじゃない、ルイード」



 側にいたアンカーシーが、ルイードの腕を取ろうとする。

 ルイードは慌てて、アンカーシーの手を振りほどく。



 そんな二人を横目に、ポーラはフロアから離れようとした。

 小さな松の枝を握りしめながら。

 

 その時だ。



「ねえ、あなたは確か、ローキンス子爵家のお嬢さんだったわね」



 壇上からの声に、会場は静かになる。

 王太后が椅子から立ち上がり、ポーラを呼び止めたのだ。



 ポーラは深く礼を執る。

 本来の杖だけなら、出来ないカーテシーだ。

 ポーラの後ろにルイードと、何故かハウダーも控えた。



「僭越ながら、愛と豊穣の女神である、王太后様にお答えさせていただきます。私、アダムス・ローキンス子爵が一女、ポーラ・ローキンスでございます」



「ではポーラさん。教えてちょうだい。幼少のみぎり、あなたは足に大きなケガをしたと聞いたわ。歩くことすら、杖なしでは無理という……。でも今、見事な踊りを拝見したわ。どうやって、回復したのかしら?」



 ポーラは臆さずに答えた。



「足の補助具を作っていただき、それをつけて、ずっとダンスの練習をいたしました」



 王太后は扇を広げ、三日月の様な眼差しをポーラに向ける。



「それは素晴らしいわ。ぜひその補助具とやらを手に入れたいものね。わたくし、ダンスが大好きなのよ。足が不自由になって、もう踊れないと思っていたもの」



 会場からの温かい拍手が沸く。

 ほっとしてポーラは、バルコニーを目指す。

 すぐにルイードが追いかけて来た。





「あのさ……」

「何? ルイ」



「違うから」

「何が?」



 ルイードはポーラの手を握る。



「贖罪のために、ポーラと婚約したわけじゃないから!」

「えっ……」



 ルイードの目は、静かな海のような色を湛えて、ポーラを真っすぐに見る。



「好きだから」



 ルイードはポーラをそっと抱きしめる。



「ポーラのことが好きだから。誰にも、ハウダー兄さんにも取られたくないから。だから、親に頼んで婚約してもらった」



「そ、そんな。だって……私、これからも杖が必要で、社交どころか、家事も出来ないかもしれないし、それから……」



 ルイードは人差し指で、ポーラの唇を押さえる。



「俺が好きなのは、ずっとポーラだけだ。だから……。

婚約の取り消しなんて、絶対嫌だ!」



 ルイードは、ポーラの全てが好きだと叫んでいた。

 ただし、心の中で。



 転がるように駆けっこしながら、笑っていたポーラ。

 ケガや痛みを我慢するポーラ。

 揶揄われても、負けずに杖をついて、学園に通うポーラ。

 夜会のために、補助具を作って練習して、誰よりも輝いていたポーラ。



「ありがとう、ルイ。私も好きだよ、ルイのことを、ずっと……」



 耳元のポーラの囁きは、どんな菓子よりも甘く、ルイードの胸に沁みた。







◇それからのこと◇



 

 バルコニーで寄り添う二人を見て、ハウダーはカクテルを一口飲む。

 思っていたより苦い味だ。



「良かったのか? お前は」



 マジェスティ家の計らいで、夜会に来ていたクアールがハウダーに訊いた。



「ポーラ嬢にケガをさせたのが、俺だってこと君も知っていただろう、クアール?」

「まあな」

「でも弟は、ルイードは、自分だって言い張った。ああ、コイツ、ポーラ嬢のことが好きなんだって思って、俺はルイに任せたのさ」



 クアールは頭を振る。



「俺はお前の方が、ポーラの相手に相応しいと思ってたけどな」

「俺も……そう思うよ」



 ハウダーとクアールは、互いの肩を叩き合う。

 二人の横顔は、幼い日に遊んでいた頃と変わっていなかった。



 

 夜会の後、補助具の実態と製作する工房を教えて欲しいと、王太后からの使者が子爵家にやって来た。

 王太后は補助具を付けてから、再びダンスが出来るようになった。

 そしていつしか、杖を突いた者や車椅子に乗った者も、社交の場に参加するようになる。



 ポーラとルイードは、学園卒業後すぐに結婚し、末永く幸せに暮らしたという。



 了