「最後、あれ乗ろうぜ」
 香坂先輩は、ジェットコースターの音がするほうを指差した。
「失明者は介助者同伴じゃないと乗れないんだ」
「でも、何にも見えないですよ」
 苦し紛れの抵抗だ。
「感じられるからいいの」
 先輩のイジワル。
 ジェットコースター乗り場は、香坂先輩の言う通り『失明者のみの搭乗はお断りしています。安全のためにご理解ご協力をお願いいたします』と看板が立っていた。
 若い係員は、私が目の見える健常者だということをすぐに見抜いた。つまり係員も恋をしていないということだった。もしくは、恋に蓋をしているということか。
 失明者の同伴者としての注意事項を淡々とまくし立てられ、私たちは席に乗り込んだ。上からセイフティガードが降りてきて、出発の合図が聞こえた。
 ジェットコースターが動き出して、かたかたと頂上まで車体がせり上がっていく。落下が始まろうかと車体がピタリと止まった刹那。
 香坂先輩は、私の手を、ぎゅっと、強く、掴んだ。
「俺、そういえばジェットコースター系苦手だった」
「えっ?」
 滑り出した。
 叫びが耳元で轟いて、目を固くつぶる。先輩の手の感触がした。指を交互に絡めて、強く握った手。
 ずっと手を繋ぎたかった。練習なんていらなかった。練習じゃなくて、本番が欲しかった。
 ──絶叫。
 私は叫んだ。
 香坂先輩との色々な思い出が、フラッシュのように切り替わる。
 先輩に憧れてサッカー部のマネージャーになった。
 先輩の背中が見られるから、大会も頑張れた。
 先輩が失明した時は、家で泣いた。
 もう恋なんてしないって、蓋をした。
 自分の心に蓋をした世界は、暗い──暗闇の中だ。
 ジェットコースターがぐるぐると回った。
 泣き喚くなら今だ。今しかない。
「うああああああっ──!」
 ジェットコースターが乗り場に滑り込んで、私には、香坂先輩が握った手の感触と、あふれて止まらない涙が頬を伝う感触だけがあった。
 私の瞳は暗闇の中にいた。
 私は、失明していた。