翌日、茜音が荷物をもってウィンディに到着すると、思いがけない看板が出ていた。
『本日のランチタイムは貸しきりです』
「おはよぉございまぁす。今日ってそんな予約が入ってたんですねぇ」
「おはよう茜音。今日はあんた忙しくなるよ」
「ほぇ?」
菜都実にも言われて、ますます分からない顔になる。
しかし、しばらくして、その顔は驚きに変わった。
「おはようございます」
「今日はお世話になります」
「ほぇぇぇ?」
そこに現れたのは、昨日最後まで話をしていた里見と、今日の夜にならないと現れないはずの健だったから。二人とも大きな箱を抱えている。
「茜音ちゃん、手伝ってもらえる?」
「はぃぃ」
言われるがままに里見が持っている横断幕の紙を広げたとき、彼女は動けなくなった。
「里見さん、ずるぅい……ですよぉ……」
自然に涙がこぼれ落ちる。
ときわ園同窓会。忘れもしない。茜音が事故で両親を亡くし、初めて連れてこられた施設。健と初めて出会った場所。そして、閉園間際に健と二人で前代未聞の駆け落ち事件を起こした施設だ。
「ね? あの服にしなさいって理由分かった?」
「もぉぉ、健ちゃん!?」
もちろん、これだけの大掛かりな計画が進んでいたのなら、準備は相当前からしていたはずだ。自分だけが知らされていなかったことに、その恥ずかしさを健にぶつける。
「中心は私。打ち合わせも茜音ちゃんが来ない日を狙ったし。菜都実ちゃんなんか真っ先に賛成してくれたわよ?」
里見のフォローで、何とかその場を押さえたが、茜音としてはここに集まるメンバーにどのような顔をしていいのか分からなくなってしまう。
なにしろ、あの失踪の時には全員が自分たちを探しに出てくれたのだ。
会場づくりを里見と健に任せ、菜都実とカウンターの中に入る。
「もぉ、菜都実もひどぉいよぉ」
「面白いじゃん。後で来るけど佳織も賛成だったよ。それはそれで面白そうだって」
「そんなぁ」
「それにしても、みんなクリスマスなのに平気なんかねぇ」
考えてみれば、こんな日は各自予定も入っているだろう。
「大丈夫。みんないつかやりたいって言ってたし、クリスマス会って感じだから。さぁ、そろそろ集まり始めるわよ。着替えてらっしゃい」
言われて、菜都実の部屋を借り、持ってきた服を取り出す。
「久しぶりだねぇ」
ハンガーに吊された襟にフリルの付いた白いブラウスに、ベージュのシンプルなジャンパースカート。
7歳の当時、茜音はこれと同じ服でときわ園を抜け出した。離ればなれになっていた10年間、肌身離さず持っていた写真にもこれが写っている。オリジナルは当然もっと小さいが、昨年夏の再会のシーンにあわせて、彼女の親友が作り直してくれたものだ。
流石に半袖では無理があるので、同じような丸襟の長袖ブラウスをクローゼットから引っ張り出して合わせた。
久しぶりに袖を通し、レースのハイソックスまでセットして、姿見を見る。
「なにを言われても大丈夫! よぉし、行くかぁ」
最後にその上からエプロンをつけて、階段を下りていった。