「じゃぁ、菜都実も佳織もごめんね」
「いいよ。行ってきな。みんな喜ぶし」
ウィンディでのランチタイムを終えると、今日の夜までサポートに入っている佳織と菜都実に声をかける。
今日と明日は茜音も昼だけだ。今日のこのあとは、茜音がヘルパーとして入り、また健の家でもあり職場でもある珠実園のクリスマス会だからだ。
今夜はそのまま夜中まで滞在し、子供たちの枕元にプレゼントを置いて回るのが恒例になっていた。
途中で食材を買い込んで、園に着いた頃には、子供たちもそれぞれの学校から帰ってきていた。
「こんにちはー」
「あ、茜音ちゃん来た。お願いできる?」
「はぁい」
エプロンを取り出して、すぐに厨房の手伝いに入る。
「ごめんねぇ、せっかくのイブなのに」
この調理場を預かる里見も、実は茜音が幼い頃に一緒に入所していた縁。彼女は茜音と健が引き起こした、僅か小学2年生での駆け落ちという大騒動も、その背後にある想いも十分に理解していてくれる。
「だってぇ、お仕事だとしても一緒にいられる方がいいですよぉ」
「そうゆーもんかなぁ。健君には言ったのよ? 年に一度くらい茜音ちゃんに尽くしてあげなさいって」
「もぉ、またそんなこと言うと健ちゃん本気にしちゃいますから」
そんな話をしながら、次々に料理を仕上げていく。
「あ、茜音せんせーだ」
「うん、こんにちはー」
高校を卒業し進んだ短大で、心理学と幼児教育を専攻している茜音のことを、子供たちはいつしか先生と呼ぶようになった。もちろん、その実態がもはや伝説になっている健との10年越しの恋を実らせたヒロインであることも十分知ってのことだ。
「健兄ちゃん、まだ帰ってこないぞ」
厨房の作業は予定よりも早く終わり、子供たちに運んでもらい終わると、さっきまでのバタバタが嘘のように静かになった。
「ふぅ、終わりましたぁ」
「ありがとうね……」
言いながら周りを見回した里見が何となく寂しそうな顔をしているのを見て、茜音は気になっていた。
「あ、里見さん……、ひょっとして?」
「うん、私がこの役目をするのも今年でおしまいかなぁ」
「でもでも、おめでとうなお話ですよね?」
調理用の手袋を外したときに気づいた。彼女の左手の薬指に光るものを。
「そうねぇ。もう少しこの賑やかな中で仕事も悪くなかったんだけどなぁ」
その指輪をはめた手がゆっくりとお腹に当てられた。
「えー、おめでとうございますぅ! それじゃぁ立ちっぱなしのお仕事出来ないですよぉ」
里見の結婚自体はしばらく前から決まっていて、入籍を待つだけとなっていたらしい。おまけの話は一昨日判ったばかりだという。もちろん、いつ入籍かという段階だったから、一緒に病院に行ってくれた男性も一緒に大喜びしてくれたそうだ。
「だからね、来年の元旦に入籍することになったの。だから、茜音ちゃんの知っている古い私は今年でおしまい」
「そうですよ。珠美園のみんなも大事だけど、今は里見さんと赤ちゃんが一番大事です」
里見も悩んだそうだ。しかし、家庭を持つという昔からの夢をかなえるために、今回の決断になったらしい。まだ日にちは決めていないが、体と相談しながらとなると。
「でも、退職にはならないみたいで、しばらく休職って感じらしいのよね」
「じゃぁ、また会えるんですね?」
「もちろん。茜音ちゃんを見届けなくちゃ、私も落ち着かないし」
「よかったぁ。……あの、里見さん……」
「どうしたの?」
今度は少し深刻そうな茜音の話を里見が聞くことになる番だった。
「お疲れさまでした」
時計は昨日と同じく、もうすぐ日をまたごうとしていた。
珠実園の子供たちの枕元にプレゼントを園長と置く仕事をしている健の代打で、里見が茜音を家まで送ってくれていた。
「茜音ちゃんも悪かったね」
「ううん、いいお話も聞けたし、明日は昼間お店そんなに混まないだろうしなぁ」
「さぁ、どうかなぁ?」
「えぇ? なんかあるんですかぁ?」
「ううん。あ、そうだ、茜音ちゃん明日の夜は健君とデートでしょ?」
「は、あぃぃ」
「あの服持ってきたら? もちろん上着は持ってきてね?」
「えぇ? あのジャンスカって夏服ですよ?」
「だからよ。ブラウス長袖にできるでしょ?」
思いがけない提案だけど、昔から変わらないのいたずら好きの里見の笑顔で言われてみると、それはそれで面白いかとも思う。健も夜に車で迎えに来ると言っていたことだし、寒かった時に備えて防寒の服も用意しておけばいいことだ。
「じゃぁ、本当にありがとうございました」
「茜音ちゃん、明日は頑張るんだよっ」
「あはは、がんばりまぁす」
家に入る茜音を見送り、里見は車を家とはまた別の方に走らせた。