【茜音 短大1年 冬】
「ありがとうございましたぁ」
最後の客をドアで見送り、表の看板をしまう。
「茜音、サンキュ!」
「うん。マスター大変だもんね」
「ドジだよねぇ。年甲斐もなくはしゃぐから、足痛めちゃうなんてさぁ」
片岡茜音《あかね》と親友の上村菜都実《なつみ》の二人で、彼女の実家でもある喫茶店ウィンディの後片付けをしていた。
高校生時代、幼い頃からの約束を果たす旅費を工面するという口実のもと、菜都実の協力でもう一人の友人、近藤佳織《かおり》と共にアルバイトを始めた茜音。
三人娘の登場により、メニューや内装を変えたり、時間を区切ってジャズ喫茶のように生演奏を取り入れたりと、それまでよりも広い客層の開拓に成功していた。
その演奏でメインを務めていた茜音が、彼女の目標を達成したあと、その去就が常連客からも注目されていたが、短大生になった今でも週末などに日にちを減らしつつも継続してくれたことで、お店の賑わいは変わらずに済んでいる。
そんなウィンディの菜都実から電話が入ったのが昨日の夜。
ウィンディのマスターでもある菜都実の父親が階段から滑り落ち、足腰を痛めてしまったという。
幸い大事には至らなかったが、数日間は安静と言うこと。普段の平日ならば、彼女の母親や菜都実だけでも切り盛りが出来るのだが、学校が冬休みに入ってしまったこの時期には少々厳しい。
茜音も佳織もその申し出に二つ返事で了解し、それぞれ休み中の空いている時間をこの店で過ごすようになったっと言うのがことの顛末だ。
「茜音も、こんな時期に仕事していてもいいの? 健君怒らない?」
「うん、健ちゃんもお仕事忙しいし、珠実園のみんなもいるから、わたしが独り占めは出来ないし」
幼い頃に無謀とも思える約束を茜音と交わし、それを無事に添い遂げた相手の松永健《けん》。
茜音も健もそれぞれ事情は異なるが、親と別れて児童福祉施設で育った。
茜音はその後、育ての親となる片岡夫妻の元に養子として迎えられて今に至る。
一方の健はそのまま施設で育ち、職員として働きながら夜間高校に通い、在学4年の期間の来春までは他の子どもたちとの共同生活を送ることになっている。
今では、二人を見守るほとんどがその関係を認めていたし、お互いの直球勝負のような素直な想いは幼いころから変わっていない。
「茜音はクリスマスどうするの?」
もちろん、菜都実だって二人を一番近くで見てきた一人だ。予定があるならば、絶対に引き留めてはいけないと思っていた。
ところが、そのあたりは良くも悪くも現実が見えてしまっている二人。
「そうだねぇ、イブは健ちゃんも私も、わたしは珠美園でのお手伝いだし。どっちも夕方までは大丈夫だよ」
「そっか……。なんだか悪いなぁ」
もともと自分の家で仕事という自分ならと菜都実が考えていたが、茜音にとっても一人きりにならずに済むのでそれはそれで楽しいと笑っていた。
「じゃぁ、また明日ねぇ」
「うん、サンキュ! 今日はこっちの家?」
「うん。学校もお休みだし」
「気をつけて帰ってな」
「うん」
短大に通い始めてからの茜音の住まいは、本当の両親が建てた横浜市にある彼女の生家が主になっている。
施設から茜音を引き取った片岡夫妻は家を含む彼女の財産を処分したりはせず、全てを彼女に返した。そのおかげで、進学にあたっての下宿などを考える必要もなかった分、さすがに戸建ての家を維持するのも大変なので、少しでもその足しになればと高校生時代からのウィンディのアルバイトを続けている。
そんな生活スタイルだから、長年過ごした横須賀の実家に泊まることも特別なことではなく、その日も普段通りに仕事を終えて自宅への道を歩いていた。
「ありがとうございましたぁ」
最後の客をドアで見送り、表の看板をしまう。
「茜音、サンキュ!」
「うん。マスター大変だもんね」
「ドジだよねぇ。年甲斐もなくはしゃぐから、足痛めちゃうなんてさぁ」
片岡茜音《あかね》と親友の上村菜都実《なつみ》の二人で、彼女の実家でもある喫茶店ウィンディの後片付けをしていた。
高校生時代、幼い頃からの約束を果たす旅費を工面するという口実のもと、菜都実の協力でもう一人の友人、近藤佳織《かおり》と共にアルバイトを始めた茜音。
三人娘の登場により、メニューや内装を変えたり、時間を区切ってジャズ喫茶のように生演奏を取り入れたりと、それまでよりも広い客層の開拓に成功していた。
その演奏でメインを務めていた茜音が、彼女の目標を達成したあと、その去就が常連客からも注目されていたが、短大生になった今でも週末などに日にちを減らしつつも継続してくれたことで、お店の賑わいは変わらずに済んでいる。
そんなウィンディの菜都実から電話が入ったのが昨日の夜。
ウィンディのマスターでもある菜都実の父親が階段から滑り落ち、足腰を痛めてしまったという。
幸い大事には至らなかったが、数日間は安静と言うこと。普段の平日ならば、彼女の母親や菜都実だけでも切り盛りが出来るのだが、学校が冬休みに入ってしまったこの時期には少々厳しい。
茜音も佳織もその申し出に二つ返事で了解し、それぞれ休み中の空いている時間をこの店で過ごすようになったっと言うのがことの顛末だ。
「茜音も、こんな時期に仕事していてもいいの? 健君怒らない?」
「うん、健ちゃんもお仕事忙しいし、珠実園のみんなもいるから、わたしが独り占めは出来ないし」
幼い頃に無謀とも思える約束を茜音と交わし、それを無事に添い遂げた相手の松永健《けん》。
茜音も健もそれぞれ事情は異なるが、親と別れて児童福祉施設で育った。
茜音はその後、育ての親となる片岡夫妻の元に養子として迎えられて今に至る。
一方の健はそのまま施設で育ち、職員として働きながら夜間高校に通い、在学4年の期間の来春までは他の子どもたちとの共同生活を送ることになっている。
今では、二人を見守るほとんどがその関係を認めていたし、お互いの直球勝負のような素直な想いは幼いころから変わっていない。
「茜音はクリスマスどうするの?」
もちろん、菜都実だって二人を一番近くで見てきた一人だ。予定があるならば、絶対に引き留めてはいけないと思っていた。
ところが、そのあたりは良くも悪くも現実が見えてしまっている二人。
「そうだねぇ、イブは健ちゃんも私も、わたしは珠美園でのお手伝いだし。どっちも夕方までは大丈夫だよ」
「そっか……。なんだか悪いなぁ」
もともと自分の家で仕事という自分ならと菜都実が考えていたが、茜音にとっても一人きりにならずに済むのでそれはそれで楽しいと笑っていた。
「じゃぁ、また明日ねぇ」
「うん、サンキュ! 今日はこっちの家?」
「うん。学校もお休みだし」
「気をつけて帰ってな」
「うん」
短大に通い始めてからの茜音の住まいは、本当の両親が建てた横浜市にある彼女の生家が主になっている。
施設から茜音を引き取った片岡夫妻は家を含む彼女の財産を処分したりはせず、全てを彼女に返した。そのおかげで、進学にあたっての下宿などを考える必要もなかった分、さすがに戸建ての家を維持するのも大変なので、少しでもその足しになればと高校生時代からのウィンディのアルバイトを続けている。
そんな生活スタイルだから、長年過ごした横須賀の実家に泊まることも特別なことではなく、その日も普段通りに仕事を終えて自宅への道を歩いていた。