「あ、来た来た」

「おそぉい」

 宮古空港のロビーで、茜音たち三人は今回の旅の主役を待っていた。

「ごめんごめん。遅刻はしなかったでしょ?」

 復路も那覇空港を経由しての長旅。ゴールデンウィークの帰りのピークには1日早い。

「菜都実、スッキリ出来た?」

 チェックインを済ませて、2階の出発ロビーで案内を待つ。

「うん。今出来ることを精一杯やる。やすはこれまでどおり修行するし、あたしも学校ちゃんと卒業する。そのあとできちんとけじめをつけるよ。今度は順番が逆って言われないようにね」

 往路で茜音に渡された両親からの手紙。それを将来を誓った二人で恐る恐る開けてみた。

 菜都実は双子の妹や自分の子を失って傷ついていること。本来ならずっと手元に置いておきたい愛娘であること。それでも相手が保紀であるならば、次こそは娘を幸せにして欲しい。そして、今度こそ元気な赤ちゃんを抱かせて欲しいと綴られていた。二人はその場で横須賀に電話をかけて、次を約束した。

「本当は帰るの寂しい。でもここまで頑張った。ゴールはあたしたちでつくるから」

「強くなったね。来てよかったぁ。あのお地蔵さまにもいい報告できるね」

「うん。あれは続けるよ。気持ちが全然違ってくるとは思うけど」

 保紀も自分の子と認めてくれたし、もう先が見えない話ではない。準備ができたら戻っておいでと告げることが出来る。数年後には温かい家庭が作られるに違いない。

「ところで茜音。あんたはどうだったの?」

 菜都実の準備をしていて、健に自分のことを親友二人が健に頼み込んでいたなんて知らされていなかった。

「菜都実、大丈夫。茜音も健君も頑張ったよ」

「えっ? 隣まで聞こえちゃった……?」

 真っ赤になる茜音に佳織は首を横に振る。

「菜都実の電話がかかってきたら急いで戻るつもりだったけど、お店で夜までお世話になって、ホテルに戻ったのは日が変わった頃だったし。朝ご飯で顔を合わせたときに分かったの。茜音も大人になれたんだなって。幸せそうないい顔してたよ」

「そっかぁ。それ見たかったなぁ。いい初経験だった?」

「こ、声大きいよぉ」

 慌てているところも、見ていればやはり可愛らしい。

 前日の疲れと、これまでの緊張の解放から、時間に遅れそうになって急いでシャワーを浴びたりと慌てながら部屋を飛び出していったのも、佳織からそう見えた原因だったのかも知れない。

「うん……。優しくしてくれたよ」

「よかった。頼んだかいがあったな」

 笑っていると、四人の乗る那覇行きのアナウンスが入った。

「やす、本当にありがとう」

「こっちこそ。元気で頑張れよ? オフになったら遊びに行くよ」

「うん、待ってる。あたしも遊びに来るよ。ちょっとごめんね」

 他の面々が荷物に気を向けた瞬間、保紀にキスをした菜都実。その頬には一筋光るものがあった。

「ここまで頑張ったんだろ。必ず迎えに行くよ」

「うん。じゃぁ、またねっ」

 保紀の指で涙を拭かれると、笑顔で手を振りながら検査場に消えていった。




「ねえ菜都実?」

 往路と同じく、窓側の席で外を眺めていた菜都実。

 離陸のあと、海上にでたことを確認して茜音は問いかけた。

「うん?」

「さっき、保紀君は菜都実のこと迎えに行くって言ってたけど、本当にこっちに引っ越しちゃうの?」

「うーん、どうかな。まだその辺は全くの白紙。将来やすと結婚するってのはたぶん決まりだけど、その後どっちに住むとか、お店をどうするかはこれから。またみんなにも相談するよ」

「うん、いいお話になるといいね」

「でもさぁ、佳織には悪いことしたなぁ。せっかく来てもらったのにねぇ」

「え? 全然。面白かったよ。菜都実はめちゃ女の子になっちゃうし、茜音だって大人の階段上っちゃうし。見ていると参考になるわぁ」

 通路の反対側からの佳織に嘘はなさそうだ。彼女にも地元に帰りを待つ人がいる。

「みんな結婚しても、時にはこうやって遊ぶのもいいのかもね」

「その前にみんなまず卒業しなくちゃ」

「はーい。でもあと2日はバイトだね」

 全員が一歩ずつ大人に近づいていく。本当は良いことなのに、一方ではこんなふうに三人で笑っていられる時間をもっと大事にしたい。




「茜音ちゃん、疲れた?」

 隣を歩いてくれる健の影。幼い頃、川の土手を並んで歩きながらときわ園に帰っていた頃と重なる。明日から仕事に戻る健は今夜まで一緒にいてくれるから、そのときと同じように手をつないだ。

「うん、ちょっとね。ねぇ健ちゃん、大人になるって難しいこともたくさんあるんだね」

「そうだね。僕たちも菜都実さんのところに負けないように頑張らなくちゃ」

「うん。頼りにしてるよぉ」

 得られるものもたくさんあったけれど、大人になることへの複雑な葛藤もこれまで以上に噛み締めながら、夕焼けの家路を急いだ。