「大丈夫? 落ち着いた?」

「うん。ごめんね。びっくりさせちゃって。……はずかしぃ」

 入浴を済ませて、再びベッドに二人で潜り込む。

 健も茜音の破瓜の傷を気にしたけれど、どうやらその心配はなさそうだ。

 この傷が塞がることはない。初めてのキスと同じで、彼女の決意の現れは健に伝わっていた。

「茜音ちゃんが元気になってくれてよかった」

「菜都実の詳しい話は聞いたことないけど、健ちゃんは上手だったんじゃないかな。あんなに優しくしてくれたんだもん」

 今はパジャマを通してだけど、茜音の体温を感じる。この温もりを一生感じていきたい。

 14年前、初めて彼女と出会ったとき、それまで周囲がだれも信じられなかった幼い自分の中に、何かが突き刺さった。

 この子をもっと知りたい。ときわ園の職員たちが言葉が話せない茜音への接し方を探っている中、思い切ってスケッチブックとクレヨンを渡した。

 『ありがとう』。今から思えば、まだ下手で小さな字だったけど、初めて笑ってくれた。それには園中の先生たちが驚いた。一番の問題児だった健があっさりと堅く閉ざされた少女の心を開いた。

 その夜、健は園長室に呼ばれた。「茜音ちゃんを頼む」と。言われなくたって決めていた。「茜音ちゃんは自分が守るんだ」と。

 園の中で唯一、男女で一緒に眠ることも許された。暗がりに怯える茜音の手を握って並んで寝た。

「健ちゃん……。ひとつ聞いてもいい?」

「うん?」

「ときわ園の最後のとき、わたしたち、駆け落ちしたでしょ? どうしてわたしを誘ってくれたの?」

「決まってるよ。もう、茜音ちゃんが好きだったんだ。離れたくなかった。でも、茜音ちゃんには本当に迷惑かけたって思ってたよ。本当にごめんね」

「ううん、わたしも同じだった。あれがあったから、今日まで頑張ってこられた。こんなわたしのことを好きで必要としてくれている人がいる。その人のために生きていこうって。健ちゃんがわたしをずっと支えてくれたんだよ。命の恩人なの。だから、これからも……、健ちゃんが嫌じゃなかったら、一緒にいさせて……くれたら、嬉しいな……」

 鼻をすすりながら絞り出す茜音を抱き寄せる。

「一緒に、生きていこう。大変なこともいっぱいあるかも知れない。でも、僕も茜音ちゃんじゃなくちゃ嫌なんだ」

「未来ちゃんがいても?」

「あの子はもう僕から離れても大丈夫。でも、茜音ちゃんはそうじゃない。一番近くで見ていないと。手をつないでいないと、茜音ちゃんはきっと立ち止まっちゃう。だからね……」

 頬に流れた涙を吸い取り、そのまま柔らかい唇も優しく吸った。

「ずっと一緒にいよう」

「うん、お願いするよ。……ただいま……」

「おかえり」

 幼い頃と同じように、健の胸元に顔を埋める。いろんな事があった。あの頃とはいろいろ変わってしまった部分もある。

 それでも、ここは自分が唯一全てを許せる人の腕の中だと。変わらない彼の匂いと、鼓動を感じながら茜音は意識を手放した。