最寄り駅として書類に指定された駅は、名前ではよく聞いていたけれど、降りたことはなかった。
「そっかぁ、この駅なんだぁ」
初めて降り立った駅のホームを見回す。
先日までの1年を駆け抜けた旅行では、いつも見知らぬ初めての駅に降り立っていた茜音だ。
とりあえず今日から一週間、お世話になる駅。これまでとは違い階段と列車の位置などを確かめる。
階段を上って、改札前が待ち合わせ場所だと書いてある。
学校からは茜音がこれから向かうことは連絡済みだから、受け取った書類によると、改札口に迎えが来ることになっている。
「あれぇ、健ちゃん?」
ラッシュが過ぎた昼前の時間帯、改札前は1本の列車が到着して降りる乗客の波が過ぎれば閑散とする。そこに茜音は見知った顔を見つけた。
「茜音ちゃん」
駅の改札前にいたのは同い年の松永健。
先月10年越しの約束を乗り越え無事に再会した茜音の彼氏だ。直後の茜音の両親の作戦で早々に紹介することになり、すでに片岡家では公認の仲となっている。
「健ちゃん、誰かを待ってるの?」
今日は二人が会う約束をしている日ではない。様子を見るに、電車から降りてくる誰かを待っているようだ。
「うん……。今日来るって人を待ってるんだけど……」
「へぇ、そうなんだぁ……」
「櫻峰高校の学生さんだって言うんだけど、あんまり制服とか分からないから、どんな人なのか知らないんだよなぁ」
茜音はおかしくて仕方なくなったが、それを必死に顔に出さないようにして続けた。
「櫻峰の制服ならこれだよぉ?」
茜音は自分の着ている服を指した。
「え、そうなんだ。夏休みだから普段着かと思った……」
紺をベースにしたシックなチェックのスカート、白いブラウスにスカイブルーのスカーフタイをつけ、ライトグレーのベストという茜音たちの通う櫻峰高校の女子夏制服も、健はそれに気が付いていなかったらしい。
そもそも茜音が彼の前に制服で現れることがこれまでなかったし、彼女の普段の私服の中には学校の制服よりずっと洒落たものが多いという個人的事情も手伝う。
「だってぇ、学校から直接来たんだもん」
「そっかぁ。それでも、同じような制服の人他にはいないなぁ……」
「なんで、その人のこと待ってるのぉ?」
「今日から、うちの手伝いに来てくれるっていうんだけどさ。名前も教えてくれなかったんだよな」
「ほえぇ。その人なら、ここにいるよぉ」
茜音はついに笑いをこらえられなくなって、自分を指さした。
「え? そうなの?!」
突然のカミングアウトに呆気にとられる健。
毎日のように電話で話しているけれど、茜音から事前にそんな話は聞かされていなかった。
「はい、これが学校からの書類。不慣れですが、ご指導よろしくお願いします」
茜音はあらたまった顔で彼に頭を下げた。