「……健ちゃん……。ちょっと昔の独り言を言ってもいい? 聞きたくなかったら聞かなくていいし。感想なんていらないから」

「わかった」

 夕日に照らされながら、目をつぶる。ぎゅっと握った拳からも、辛い回想を引き出していることがわかる。

「わたしが、ときわ園を出たあとのことはもういろいろ聞いていると思うの。小学校、中学校、高校も本当にたくさん。人に言えない、今も誰も知らないこともたくさんあった……」

 独り言だと言っているけれど、もちろん健は聞いている。施設を出て片岡家の一員として新しい人生を踏み出せたはずの茜音。けれど、それは書類上の話だった。

 彼女は大勢の犠牲者が出た航空機事故で奇跡的に生き延びた生存者。しかしながら、その陰には両親やその他の犠牲もあった。

 報道では犠牲者や遺族の事が大きく取り上げられ、生還した茜音たちには励ましと同時に心無い言葉もたくさん届いた。

 茜音自身、これまでの人生で一時だって忘れてはいない。一人娘を守るために命を落とした両親との幼い別れは、決して消えることがない彼女の心の傷だ。

 笑顔や言葉すら失った彼女を周囲の懸命な努力で立ち上がらせたところに、心ない矢が再び突き刺さった。

 どうしても当初遅れてしまった勉強の面。周囲の親からの声、それは自然に子供たちにも伝わる。茜音の事実がどこからか知れるとあっという間に広がった。

 以前の学校のように施設からの子供たちを受け入れていないところでは、その対策も十分にされておらず、両親がいないことを言われ続けた。性格的にも他人を攻撃することが出来ない彼女は必然的にいじめの対象になった。

「小学校はまだよかった。言葉で言われていただけだったし、仲間外れになっても一人になるだけ。そんなのは平気だった。中学からの方がね……」

 最初に入学した公立の中学校は、小学校からの持ち上がりも多数いた。その頃には学業や生活のハンデも克服していたのだが、結局環境は変わらなかった。登校も辛くなり、最終的には私立に転校となった。

「中学は受験もあるし、あと、いろいろ体の変化もあるから、みんな不安定だよね。それに、やっぱり恋愛だって始まってくるし。不安は他の人に向けた方が発散できるって言うもんね。仕方ないよ、わたしは何も言っていなかったし」

 振り返ってみると、茜音が正式に自身の過去を発表したのは高校2年生の冬になる。それまでにも、彼女の事情を知っているかに関係なく、交際を申し込まれたことは何度もあった。

 申し訳なく思いつつも、それらに応えることは出来ない日々。それが次第に別の方に発展してしまう。

「『片岡茜音を誰が最初に手に入れるのか』って言われていたこともあったんだよ……」

「ひどい……! そんなこと……。茜音ちゃんになんてことを……!」

 健の声が怒りに震えている。彼には絶対に許し難い話だった。

 そんな茜音の気持ちなど考えない馬鹿げたレースが始まってからと言うもの、それまで茜音に興味がそれほど無かった層からも声が掛かるようになった……。