菜都実にメモを書いてもらった地図を頼りに、昨日訪れた下地島に再び渡る。

 南側を回った昨日と違うのは、道を途中で折れて島の北側に向かうように指示されている。

 ナビゲーションの画面に従いながら車を走らせると、正面にフェンスが見える。

「行っていいのこれ?」

「うん、メモには右に曲がってフェンス沿いに進むって」

 遠浅の海岸を右に見ながら、指示通りに突端まで進めた。

「へぇ、すごぉい!」

 下地島、この名前を聞いてピンと来る人にはいくつかの共通点があり、一つはダイビングスポットとして非常に有名なこと。もう一つには、下地島空港がある。定期便も少ないこの空港はパイロット養成の訓練空港としての顔も持っている。

 海の上に張り出した北側からの着陸シーンは、真っ青な海からの反射もあって、非日常な迫力を味わうことが出来る。

 その分、音もそれなりにするのだけど、周囲が海であり音が反響しないこと、そもそも飛行機を見に来ている者にとっては気にならないものなのかもしれない。

 茜音たちの真上を通過して着陸してすぐに飛び上がる、タッチアンドゴーの訓練は、あっという間に引き込まれてしまう魅力があった。

「なんか、菜都実がこの島を気に入っているのがわかる気がするなぁ」

 なんでもっと早くに知らなかったのだろうと思わずにはいられなかった。

 茜音もいつもの笑顔とは裏の、誰にも顔を見られたくないときもある。

 一人になりたいとき、茜音もよく海を見に出る。地元の横須賀だけでなく、江ノ島や鎌倉、城ヶ島にも何度も足を運んだ。

 しかし、近所の海はみな観光地ばかりで、物想いに浸りたいときに一人になることが出来ない。

 この島なら、訓練のときはそれなりに見学者がいる場所も、終わってしまえば波音だけの静かな海岸線に戻る。

 それを証明するように、二人が到着して30分もすると見学者もいなくなり、周囲は再び静寂を取り戻した。

「ねぇ健ちゃん……」

 コンクリートの防波堤の上に並んで座る。今日はもう訓練もないのだろう。

 エンジンの音が消えて、人気も見えなくなった。茜音が何度でも見たいと言っていた夕焼けの時間に差し掛かっている。

「なに?」

「本当にごめんね。せっかくのお休みを、私のわがままで疲れさせちゃって。ごめんなさい」

「そんなことかぁ。茜音ちゃん、未来に言ってたじゃん。二人の時間があればどこでもって。僕も同じ。一緒に旅行が出来て嬉しいよ」

 昼間は珠実園での仕事をして夜は夜間高校に通いながら、共同生活をしている健。

 茜音も自分の生家から学校に通いながら、少しずつ片づけを行っている。

 健が夜学を来年卒業することで、一区切りをつけようと徐々に準備を進めている。そのために、茜音が買い揃えるものはペア物も多くなった。

 同時に漠然とした不安もある。

「本当はね、そろそろ就職活動の準備も始めなくちゃって思っていたりもするけど。わたしに本当にできるのか不安だし。誰かの役にたてるのか。必要としてくれる人がいるのか。もし、本当に就職先を珠実園にするって決めたって、ちゃんと試験は受けないとだし」

 いつまでも学生時代ではいられない。

 大人になって健と二人、支え合って生きていこう。幼い頃から描いてきたロードマップももうすぐ一つの転換期を迎える。

 遠くにあったはずのゴールがもう手の届きそうなところまで来ている。その一方で自分の用意が出来ていないのではないか。そして、その準備をするにはどうすればいいのか。

「茜音ちゃん……」

 背中側から両腕で抱き抱え、上半身の力が抜けた彼女の重みを受け止める。

「健ちゃん、わたしは、健ちゃんに認めてもらえるのかな? もしかしたら、不合格なのかもしれないのに、優しいから……」

「この旅行で、佳織さんと菜都実さんから同じ事を言われたんだ。茜音ちゃんを助けてあげるようにって」

「もぉ、そんなことないのに……」

 うつむいた茜音の顔は見たことがないほど何かに怯えているようだった。