最初のショックも収まって、保紀を入れて五人での食事は楽しく進んだ。
なにより同行した三人が新鮮だったのは、やはり戻るところに戻れた菜都実が、今までに見たことがないほど柔らかい顔をする発見だった。
あの事件のあと、菜都実とのけじめをつけるために選んだのが、宮古島でこの店を営んでいた年老いた親戚のところだったという。
一家で移住した後に店を任せてもらい、高校に通いながら、店のことを一から覚えて今では厨房に立つことも多いという。
「菜都実に会うためにはちゃんと仕事して、独立できなくちゃと思って」
「うん、凄いよ。頑張ったんでしょ」
ここまで来るには並大抵ではなかったはずだ。知らない土地での再出発というだけでハードルが高くなる。
「保紀、これ俺たちからな。必要になったら使え」
「俺たち?」
調理着姿の父親から渡された封筒の中身を引っ張り出してみる。
「父さん」「おじさん……」
周りも広げられたそれを見て息をのんだ。
これまでに自分たちを含め何度も恋愛劇を繰り広げてきた茜音ですら、本物を見るのは初めての書類。
婚姻届には両家の父親が証人のところに署名してあった。ウィンディーのマスターが、やることがあると言っていたのはこのことだったのだろう。
「これから話を進めても、どんなに早くても来年にはなっちまうだろうから未成年の承諾のところは書いていないけどな。必要だったら書いておくぞ?」
保紀の父親が豪快に笑う。あの悲しい出来事から4年。物理的な距離を置いて再起にかける保紀の作戦は誰もが辛かったに違いない。
「大丈夫。もう急がない。ゆっくり決める。菜都実もそれでいい?」
「うん。これだって急展開なんだから。でも、あたしはもう決めてる」
店の方も終わりに近づいて、菜都実も一緒になって皿の片づけに入っている。
「菜都実ちゃんいいのよ。お客さんなんだから」
「昔、おうちでご馳走になったときにいつもやってましたし」
お茶の湯呑みだけになったテーブルを拭いて、菜都実は一息着いた。
「健くん、茜音と佳織も。なんか恥ずかしいところ見せたなぁ。でも、ありがとうね」
「荒療治できるかずっと気にしていたから、良い方に行ってよかった」
「なんかねぇ、茜音のすごさが改めて分かった気がする。本当に世話になっちゃった」
「でもぉ、あっという間に追い越されたよねぇ」
実質上は婚約をしている自分たちでさえ、それをいつにするかなどは未定のままだ。
暗くなった商店街を、保紀もホテルまで送ってくれた。
「明日のお昼はうちの店で用意します。夜はどうしますか?」
結局、この食事代も保紀の修行代という名目で持ってもらってしまった。
「明日は、午後からみんな別行動だから、夕食は大丈夫。やすだって午後から休みもらったんでしょ?」
せっかくだからと、明日の午後から菜都実が帰るまで休暇をもらった保紀には菜都実との時間を作ってもらいたいし、そもそも二人で来ている茜音たちも問題ない。
佳織はと言えば、ネットで知り合った石垣島の友人と会うことになっているという。
「じゃぁ、また明日ね」
ホテルの入り口で挨拶をして保紀は帰っていった。
「菜都実、よかったね」
「ごめんね。あたし佳織にも迷惑かけたなぁ」
「いいの。明日はこの部屋には戻らないんでしょきっと?」
顔を真っ赤に染めた菜都実の肩をたたき、面白そうに何度もうなずく。
「私だってそんなことくらい分かってる。荷物はまとめておいてくれればいいよ。万一戻るようなことがあったら電話して?」
「うん。ありがとう。本当にあたしは幸せだわ」
もっと夜中まで話し続けるのかと思いきや、長旅や緊張からの疲れで、すぐに部屋の電気が消えた。