ホテルにチェックインして、荷物を部屋に下ろしてからロビーに再集合。まだ開いている土産物屋などを覗きながら、商店街の一角にあるお店に着いた。
「へぇ、健君もお店選び上手になったねぇ」
「ま、まぁそんなとこ……?」
郷土料理や海鮮がメインの食事処といった感じで、観光客だけでなく地元の人にも人気があるようだ。7時前という時間にもかかわらず、席はほとんど埋まっている。
「大丈夫? 予約席って空いてはいなさそうだけど」
扉を開けて健が中に入っていく。
「うん……。すみません、予約をお願いしていた松永ですけど」
「あ、はい! こちらへどうぞ」
手前のテーブル席ではなく、奥の座敷へと通される。
「すごぉい! こんな予約していてくれたの?」
テーブルの上には、大きな刺身のお皿をはじめ、煮付けや焼きのもなどが並べられていたからだ。
「いらっしゃいませ。遠いところをおつかれさま。……菜都実ちゃん、すっかり美人になったわねぇ」
「えっ?」
三人がその声の方を振り向いたとき、すでに菜都実は頭を畳にこすりつけていた。
「おばさん、ごめんなさい!」
今回のイベントでは、これまで見たことのない菜都実の姿を見てきたが、ここまで号泣しながら頭を下げるなんてことも初めてのこと。見守ることしかできない。
「もう、たくさん泣いたんだもの。これからは菜都実ちゃんが幸せになる番よ」
「でも……」
お店の女将さんと思しき女性は、自分たちの母親と同じような世代。泣きじゃくる菜都実の頭を撫でていた。
「遠いところいらっしゃい。おい、なに菜都実ちゃん泣かしてるんだ?」
「菜都実ちゃんがあの子をもらいに来てくれたの。早く呼んでおいで」
やはり同じ世代の男性が顔を出す。
「健ちゃん……、いったい……?」
「マスターがさ、食事のことは心配するなって言ってたんだよ。こういう事だったんだね」
なんてことはない。二人が早まって犯してしまった過ちについては、とっくに両家とも整理はついていた。
もともと、二人の関係には異論がなかったし、あの事件でさえ時期が悪かったというだけで、それ以上の話は出なかったのだから。
「菜都実……」
小さな声だったが、それにガバッと振り返った視線の先には、ひとりの少年が座っていた。
「やす……、ごめんなさい! やすは何も悪くないのに、やすが引っ越して、あたしはそのままで……。何度も謝りに来ようと思って、でもできなくて……」
彼は菜都実の手を握った。
「菜都実も悪くないんだ。それよりもここに連れてきてくれた友達にお礼言わなくちゃ」
「うん」
菜都実は席を離れて彼の横に座った。
「菜都実から聞いていると思いますが、自分が保紀です。菜都実とのことについては本当にお世話になりました」
あの事件のあと、数年のブランクがあっても、しっかりと手を握っていられる信頼感。やはり二人の結びつきは変わらないということだろう。
「ほら、全部運んできちゃいな。菜都実ちゃん、今日のは全部保紀だから、味は保証しないからね?」
「ほんとに?」
「ど、どうかな……」
最初に魚の煮付けに箸をつけた菜都実。
この一行の来訪を聞かされて以来、メニューから仕込み、調理にいたるまで、他の注文の合間に彼がひとりで担当したという。
「うん……。美味しい。すごく美味しいよ。凄いね、やす……」
再び涙が流れ出した菜都実。今度は笑っていた。