「天気が良くてよかった」

「もぉ、菜都実も水くさいなぁ。ここに来たことあるんでしょ?」

 佳織も笑っている。菜都実が初めてでなさそうというのは感じていたけれど、それならば何時(いつ)と言うことになる。

「まぁね……。黙っててごめん」

「ううん。話せないことだってあるよ」

「うちさ、由香利がいなくなっちゃって。なんにも手が着かなくなっちゃって。やすに教えてもらっていた夕焼けが見たくなって、一人でここに来たんだ。原付バイク借りてね。いつか一緒に行こうって約束してたから、由香利の写真と一緒に見て、思いっきり泣いて。そこからやっとリセットした場所なのよ、ここは……」

 あの当時、法事も終わった後に菜都実が数日間学校を休んだことを思い出す。当時は疲れなどもあるはずだと、深くは追求しなかった。

 まさかこんな沖縄の離島にまで来ていたとは想像もしていなかった。

「今日も由香利ちゃんといっしょ?」

 夕日を見ながら、彼女が手帳を大事そうに握りしめていたから、そう思っても自然な流れだ。

「ううん、今日は違う。どっちにしても天国にはいるんだけど……」

 封筒に入っていた白黒の画像。モザイクのような背景に、小さな円が写っている。

 これは、経験した者にしか分からないだろう。首を傾げる二人を見て菜都実は微笑んだ。

「分からなくて当然。あたしの赤ちゃん。たった1枚だけ、あの子が生きていた証だから」

 入院の際、状況を確認するために撮ったエコー写真。

「この時には、もう心臓が動いてるのが見えた……。あたしなんてどうなってもいい。シングルマザーでもいから、あのまま頑張らせてやりたかった。でも、その日の夜に、この子は自分で外に出ちゃった。まだ外では生きられないって分かっていたはずなのに……」

 目が覚め、事を説明されて病室で号泣する菜都実に担当医でもあった叔父が渡してくれたのだと。

「だから、一緒に連れてきた。この子のお父さんの顔を見せてやらなくちゃって」

「菜都実……」

「分かってるよ、あたしだってここまで来れば覚悟決める。住所も分かってるし」

 夕陽に照らされた菜都実の顔は、自分たちより数段先の人生経験をしているように穏やかだった。

「わたしね、両親がいるお寺で聞いてきたんだ。赤ちゃんは絶対に菜都実のことを怨んだりしないって。菜都実がそんなに毎月忘れないでお参りしているんだから、空で楽しく幸せに遊んでいるって。お母さんが幸せになれるように逆に祈ってくれているって」

 茜音にも不定期に空白のスケジュールがあり、そんな時は決まって両親の眠る墓前にいる。

 悩んだり迷ったときに、現実の片岡家の両親と同等以上に彼女を落ち着かせるために手を合わせるのだと。

「きっと、茜音も私もそういう時が来る。菜都実って経験者がいるだけで安心だよ」

「佳織ぃ、この経験だけはあんまりしないほうがいいぞぉ。さぁて、おなかすいた。宮古に戻ってお店探す?」

「もう、お店は予約してあるよ」

 それまで黙って三人を見守っていた健がようやく入ってきた。

「健ちゃんごめんね。なんか重くなっちゃって」

「いや、みんな菜都実さんみたいな親ばかりだったら、珠実園の子どもたちの半分は居ないはずなのにって思ってさ」

 不慮の事故や病死など、やむを得ない理由で預けられる子供たちが半分ほど。残りは育児放棄や、両親の顔を知らない子たちもいる。

 健も今は職員として働きながら、茜音も彼らの役に立つようにと勉強しているが、一人ひとりの心の傷を癒していくことが一筋縄でないことは、自分たちの経験で痛いほど分かっている。