「ねぇ茜音……」
「はぃ?」
隣でSNSの日記を更新し始めた親友に声をかける。
「ごめんね……。宮古島……、遠いよね……」
「でも、行きたかったから平気だよぉ。学校で言ったら、みんな羨ましがってたし」
場所は決まっても、そこに何があるかまでの詳細は分かっていなかったので、以前のようにネットで調べたり学校の友人に聞いてみた。結果的に茜音自身でも十分に楽しめそうだという感触を持って乗り込むことにしたのだが。
「なんかさぁ、人選まで気を使ってもらっちゃったみたいでね」
そう、単なる観光旅行であるなら、もっと一緒に行きたいメンバーはいくらでもいる。
珠実園で共同生活を送りながらも、茜音の妹分として家族にも認められている田中未来《みく》や、佳織の交際相手の存在もある。普通の旅行ならみんな一緒にしても構わないほどの信頼関係は構築している。
しかし、今回はそうではない。現地の足として唯一車を運転できる健を加えてはいるが、この旅は茜音が全国を走り回ったあの1年間の続きとして企画されていることだ。今回の旅費を彼女が全て出していることからもわかる。
菜都実とて、行き先を告げられたときに、発生するかもしれない事態については十分想像できた。
だからこそ、茜音は何が起きても大丈夫な、絶対の信頼を置くメンバーだけに絞った。
「きっと、大丈夫だよ」
「だといいな……。でも、アポもなんもしていないのよ?」
「住所が分かっていれば十分だよぉ」
「本当に、どうなるか分からないよ?」
「うん……。きっと大丈夫。お父さんからの伝言。『元気になって帰ってきなさい』って」
ゴールデンウイークを菜都実たち不在でこなさなければならないマスターも、娘から連休中の留守について何度も聞いたけれど、「せっかくだから楽しんでこい」と今回の旅行を了承してくれた。
「まったく……、あたしみんなに迷惑ばっかり。借りも作っちゃうなぁ」
「借りなら、わたしだっていっぱいあるよ。だから、頑張らなくちゃって思うんだ」
「ごめんね。どうなるか結果も保証できないのに」
「ううん。菜都実のそばにいたいから」
それは、いつか茜音が同じことを発したときの佳織の答えだ。
嬉しいときは一緒に飛び上がって喜べばいい。押しつぶされてしまいそうな悲しみの時だって、三人なら何とか堪えられる。そのためには、いつもこのメンバーでなければならないと。
「あ、そうそう。これもう渡しておくね」
手荷物にしてきた、茜音のショルダーバックから封筒を取り出して菜都実に渡す。
「これ……」
思わず口を押さえる。菜都実と保紀二人へと書かれている手紙。
「今は開けちゃだめ。二人で開けて欲しいって預かってきたよ。わたしはそのタイミングにはいないと思うから」
「もぉ……、みんなしてあたしのこと泣かせたがってる?」
時遅く、買い物に出ていた二人も戻ってきてしまう。
「菜都実……、大丈夫だって」
「もぉ……、あたし、なんて友達に恵まれたんだろう……」
いつも元気を取り柄とし、大切な妹を亡くしたときでさえ、表では気丈に振る舞っていた菜都実が、例外として涙を見せられるメンバーに絞った茜音の意向に佳織も異存はなかった。
「もう、着いちゃうんだね」
健に茜音の隣席を替わってもらい、窓から午後の海を見下ろしながらつぶやく。
そんな菜都実の手が柔らかい両手で包まれる。
「茜音……?」
「わたしもそうだった……。去年の夏……。一人で夜のバスに乗って、確約なんかない約束のために。帰りがどうなるかなんて考えてもいなかった……」
高校3年生の7月。同行するメンバーの申し出を振り切ったかのように一人で出発した。
周囲を慌てさせたのは、それ自体よりも残してきた手紙の方で、うまく行かなかったときにはたとえ帰らなくても探さないで欲しいという内容の方だ。
「あのときはそれしか答えが思い浮かばなかった。みんなに心配とか迷惑かけたことも分かってる。でも、行くことで結果を確かめるしかなかったの。もう進むことも戻ることもできなかった」
「たぶん、茜音が一番分かるのかな。一番近くにいてくれるのが、茜音でよかったよ」
菜都実はそれ以上言葉を発しなかったし、茜音もそれきり黙ったまま。それでも飛行機を降りるまでつないだ手を離さなかった。