「マスター、秋田保紀くんてご存知ですか?」

 翌日のウィンディでのアルバイト、店内にお客や菜都実のいない一瞬の隙をついて、茜音はマスターからその保紀の情報を引き出すことにした。

 いろいろ聞き方を考えたけど、時間もないからズバリ正面からの強行突破だ。

「おぉ、彼か。茜音ちゃんからその名前を聞くとはなぁ。彼がどうしたんだい?」

 マスターは最初にその名前を聞いたときは驚いた様子だったが、特に嫌っているわけではなさそうで、逆に懐かしそうな顔をしている。

「うん、菜都実に恩返しがしたいから」

 マスターも茜音が菜都実や佳織にお礼をしたいといつも言っているのを知っているから、それ以上は茜音への質問をやめた。

 どうやら茜音が菜都実の過去を知ったと察したこと。茜音や佳織がそのことを興味本位のネタにしようとしているのではなく、真剣に娘の傷を治そうとしてくれていることを理解すると、メモに走り書きをして渡してくれた。

「こんな遠くにいるんですね……。偉いよ菜都実……」

「まぁ、菜都実も彼もちょっと早まりすぎただけなんだよな。二人とも悪気はなかったわけだし、もう今なら問題ない歳になった。あの報告が今だったら、みんなでお祝いなんだがなぁ……」

 これだけ長く世話になっているマスターからも、保紀に対する敵意などは感じられない。

「茜音ちゃんや佳織ちゃんたちが動くのであれば、こちらも用意したいものがあるから、菜都実には内緒で日程を教えてくれないか……?」

 本当に時期を間違えたことだけの無念さだけしか茜音には感じられなかった。

「分かりました。佳織とも話は合わせておきます」





「でも、この住所だとなかなか会いに行くのは大変だねぇ」

 メモに書かれた住所は、これまで茜音が旅をしていた地域とはかけ離れている。飛行機ですら1本では行くことが難しい。

「すぐに行くってわけにはいかないねぇ」

 菜都実には内緒で動くために、ウィンディでの仕事の後に茜音の部屋に集まる三人。

「遠いなぁ。でも、やると決めたらやるんでしょ?」

「やるしかないよね」

 数日後、佳織は茜音に計画を伝えた。

「ゴールデンウィークで飛行機取れるかな?」

「このまま夏休みまで待つより、やれるだけやってみるしかないでしょ。最悪は船になるかも知れないけど構わない?」

 自分の旅の時に、全国の交通機関を駆使して計画を組んでくれた佳織。どんな難しい場所でも彼女にかかればどうにかしてしまう。

「あとは二人の気持ち次第だね……」

 新しい学校が始まったあとも、三人は時間を見つけては準備を進めていた。



「茜音、飛行機と宿の用意できたから。あとは段取りよろしくね」

「うん。わかった。あとは行って確かめるしかないね」

 それを佳織と二人でマスターに伝えると、苦笑している。

「やっぱり、佳織ちゃんには敵わないな。将来は旅行会社にでも就職した方がいいんじゃないかい?」

 そこで、出発前に渡したいものがあるから、タイミングをみて寄って欲しいと真剣な顔で教えてくれた。

「茜音ちゃんの言ったとおりだったな。菜都実のことは二人に任せるよ」

「分かりました」

 茜音が前年夏の「10年の約束の日」に書き置きを残してまで単独行動を強行したとき、佳織が「必ず無事に連れて帰る」と、彼女の両親を説得したことを聞いていたから。

 ゴールデンウィークのウィンディはマスターが一人で乗り切らせなければならなくなったけれど、その時の顔はお店のマスターとしてではなく、「菜都実の父親」そのものだったと後で気づくことになった。