保健室に運ばれた菜都実は、すでに気を取り戻していた。

「今日はどうする? ずいぶんひどい貧血みたいだけど。もう5限目だし、帰ってゆっくり休んだ方が良くない?」

「そうします」

 保健の先生に言われ、菜都実もそれを素直に受け入れることにした。

 ただし、菜都実は真っ直ぐには家に帰らなかった。

「おじさん……。今日病院はお休みだよね……?」

 学校が見えなくなったところの公衆電話で、菜都実は叔父に電話をかけた。彼は隣の市内で内科と婦人科を営んでおり、菜都実もよくそこに世話になっている。

「お休みの日でしかお願いできないことがあるんだけど……」

 話が終わると、菜都実はそのままバスに乗って病院に向かった。



 その医院は休診日だったけれど、念のため外来の建物には立ち入り出来ないようにしてくれていた。

 誰もいない診察室で、菜都実は心細そうに落ち着きなく座っている。

「菜都実ちゃん」

 白衣姿ではなく、普段着で結果の出た用紙を何枚か持ってきた彼は、菜都実の前に座った。

「うん……」

「菜都実ちゃん、分かっていたのかな?」

「うん……」

 菜都実がうなずくのを見て、彼は一応事務的に結果を告げた。

「一応事務的にお話しするな。結果は想像どおり陽性。まだ初期だが、君の中にはもう一人の命がいるんだ」

「はい……」

「相手の人は分かってるのかい?」

「うん……。幼なじみだよ」

「そうか……。それじゃぁちょっと厳しいな……。学校とかにも言えないだろ?」

「うん……。許されないと思うけど……」

「ま、そこはどうにかしよう。でも、ちゃんと家族と彼には言っておいた方がいいだろう?」

 黙って頷くしかない。

「今日はもう遅いから送っていくよ。弟たちにも一緒に言ってあげる」

「うん……」

 表から見えないように、通用口から菜都実を表に出し、彼は菜都実を助手席に乗せて発進した。


「どうした。やっぱり怖いか?」

「ううん、そうじゃない。怖くなんかないよ。でも……」

「でもどうした?」

 外は雨が降り出していて、制服で乗っている菜都実を気にするような人はいない。

「助けてくれたはずなのに、あたし結局やすに迷惑しかかけられない。やすとの結果だもん。本当はすごく嬉しい。でも結局あたしは……」

 この結果は、保紀が自分を助けるために行ってくれたことの代償だ。自分も同意したのだから、彼に責任を押し付けるつもりなど最初からない……。

 それでも、周囲はそう思ってくれないだろう……。助けてくれた彼が一方的に責任を追及されることは耐えられない……。でも、自分に何ができるのか……。

「ちょっと早すぎたんだな。これがあと5年ぐらい後だったら、誰もがこの結果に喜んであげられるんだけどな」

「そうだよね……」

 車は菜都実の家に到着する。叔父は菜都実と一緒に店に入り、弟である菜都実の父親に耳打ちする。

 マスターは店を臨時休業にすると、緊急家族会議となった。

「なんてことを……。一応聞いておくけどな、相手は保紀君か?」

「うん……」

 父親に言われ、菜都実は顔を上げられなかった。

「これが3年先でおまえが18歳になっていれば、喜んで嫁に出してやるんだが。まだ……、そうもいかないか……」

 そこに話を聞きつけて、保紀が家族と一緒に駆けつけてきた。

「菜都実!」

「ううん。あたしが悪いんだから。あたしがお願いしたんだもん」

 さすがにまだ早すぎる行為の結果だとして、二人ともみっちり怒られてその日は解放された。

「兄貴、迷惑かけてすまない……」

 その場で話し合いが行われた結果、やむを得ないが二人の将来を考えたうえで、菜都実の体をそのままには出来ないということも決まり、事態は内密に収める方向性で話がまとまった。