保紀が菜都実を抱きしめながら聞く。
「なんか、胸きつそうになってない?」
「う、うん……。ちょっとね」
さっき服の上から手を当てた膨らみ。アスリートでもある菜都実にとって、この年になって少しずつ大人の女性としての体格になっていく象徴は嬉しい反面、困ってしまうことでもある。
部活の時はわざと締め付けの強いスポーツタイプを着けている。それを加味していても、だんだん胸元が窮屈になっているように見えた。
制服の下に着ける下着でさえ、少し小さく見えるデザインを選んでいるという。
仲の良い間柄なら、それほど気にする必要もないだろうが、菜都実のようにターゲットにされてしまうと、本人の意思ではどうしようもない事にさえ気を使わなくてはならないのかと、男子から見たら呆れてしまうこともある。
「気にしなくていいのに。まったく女子は分からねぇ」
そう、途中までは何度も経験してきたし、お互いを軽蔑することもない。親が留守の時に服を脱いで水着に生着替えしたこともある。
しかし、今日の保紀は違っていた。
大切な菜都実をあれだけ傷つけられていることを知って、何も出来ないことを自分で許せなかった。
菜都実も分かっている。こんな一時の快楽を得ることで事態が収まるわけでも問題が解決することもない。
それでも、今は保紀との繋がりが欲しかった。
「菜都実……。いいか……?」
保紀の声が緊張で掠れている。
「やす……。あたしでいいの?」
「菜都実しか考えられないんだ。俺も変になってるかもしれない。菜都実のことだから」
いつかは、その日が来るかもと思っていた。逆に心の中まで見透かされている彼になら。自分の全てを捧げてもいいかもしれない。
「やす、あたしね……、本当に初めてだから、きっと下手だよ? それで嫌われない……?」
「俺も初めてだ。菜都実と同じだ」
「うん……」
外の陽もすっかり落ちて月が出ていた。その月明かりと街の灯が微かに差し込んでくる教室。
菜都実は彼に頷いた。
「情けないあたしでごめんね……」
「……最後に聞くぞ。本当にいいのか?」
「うん、やすはあたしを助けるためにしてくれるんだもん。いいよ」
菜都実は潤んだ目で彼を見上げて頷いた。
「ね? 無茶苦茶な話でしょ?」
「凄いけど……、でも菜都実のことちゃんと思ってくれてたんだもん。良い悪いの判断はわたしに言える資格はないよ……」
もちろん、まだ中学生の行為としては一般的に褒められた話ではないし、互いの同意があったとしても結果に責任が持てる状況にはない。
ただ、この話を聞いているのは茜音だ。彼女には普通では考えられないことへの免疫ができている。
「結局さぁ、そのときはやすに抱かれて、初めてだからどうのとかより、そっちのうれしさの方が勝っちゃって。後先を考えなかったんだ」
「でも、保紀君は菜都実のことをそれで助けてくれたんでしょ?」
茜音はすっかり冷たくなった缶からコーヒーをすすった。
「うん。もう悔しくてさ。情けない話だけど。でも、続きの方がもっとあたしには堪えたの……」
菜都実は苦笑いして、視線を遠くに飛ばした。
「そのあとしばらくしてさぁ、あたし具合が悪くなって、貧血で倒れたんだ……」
「うん……」
言葉と同じように、菜都実の表情から力が抜けていた。