菜都実が二人を案内したのは、市内でも端の方にあるお寺だった。

 あまり大きな寺院ではなく、観光地にもなっていない様子でひっそりとしている境内の中には遅咲きの梅の香りだけが漂っていた。

「ここは……?」

 不思議そうな顔をしている茜音の前で、菜都実は桶に水を汲んでいる。

「由香利はここじゃないもんね。わざと分けたんだ。でもあの子も見てるとは思うけど」

 準備を終えると、菜都実は桶を持って歩き出す。

「あ、茜音。そっちじゃないんだ……」

「ふぇ?」

 一般の墓地区画ではなく、菜都実は別の一角の方へ歩き出した。

「そっちは……」

「うん、いいのこっちで……」

 慌てて菜都実の後を追う二人。突き当たりには小さな地蔵がたくさん立ててある一画があった。

 あまり来る人はいないのか。区画整理がされていて、墓碑の前に献花や供え物がある一般の場所よりも殺風景に見えてしまう。

 それに墓石がいわゆる地蔵の形をして並んでいるのも少し不気味さを感じてしまう要因かもしれなかった。


 しかし菜都実はその1つの前に膝をついてしゃがみこみ、妹の墓参りのときと同じようにその石碑を丁寧に清めた。一つ一つには献花台もなく、線香を手向ける箱もない。

 それでも彼女は黙々と作業を続けた。

 買ってきた花の茎を短く折り前を飾る。幼児用のお菓子と小さいプラスチックの容器に入ったジュースを供え、線香を地面に刺し終わった頃には、この寒い中でも顔からの汗が地面にしたたり落ちていた。

 手を合わせ、一心に何かを祈り続けている菜都実の姿は、茜音はもちろん中学の頃から一緒だった佳織すら見たことがないのではないだろうか。

「さ、終わり。ごめんね。二人の邪魔しちゃってさ」

 いつもの声に戻った菜都実だったが、ここまで見てしまった茜音と佳織が何もしないで自分たちだけ楽しむということが許せる性格ではない。

「菜都実、もしよかったら本当に悩んでること話してもらえないかな……」

「うん、まぁ二人ならもう話してもいいかな……」

 菜都実は石碑が見えなくなる角の所でもう一度振り向いて頭を下げると、今度はまっすぐに寺の外へと歩き出した。




「それじゃぁ、また明日ねぇ」

「うん、今日はありがと」

 別れ際、家に戻る菜都実を信号で見送る。

「まさか菜都実の話をここで聞くとはなぁ……」

「うん……。辛かったと思うよぉ」

 しばらく立ち止まって見ていると、遠ざかる背中がいつもより小さく見えた。

「毎月やってたなんて……。早く気づいてあげられたらよかったわ」

「そうだねぇ……。わたしもまだ菜都実の気持ち分かってあげられていなかったなぁ」

「茜音が悪い訳じゃないでしょ」

「うん、でも菜都実のあんな顔見たことなかったよぉ」

「まぁなぁ。原因が原因だけになぁ。茜音みたいに公表はできないよね……」

 二人はそこで顔を見合わせ、小さなため息をついた。