【茜音 高校卒業後 春休み~】
時間は数ヶ月遡ることになる。
「さむぅいぃ!」
「まったくー、早く暖かくならないかねぇ」
高校の卒業式も無事に終わり、少し長めの春休みに突入した片岡茜音と近藤佳織は、進学先で必要な物の買い出しに出ていた。
3月とは言っても、ここ数日は寒の戻りと天気予報でも言われていて、空は曇りで薄着では外出できそうもない。
そんなせいか、桜の便りもまだしばらくかかりそうだ。
「ねぇ、あれって菜都実かなぁ…?」
「ん? そうだなぁ。珍しいあんな格好して」
二人が立ち止まった先の路地から、一人の女性が出てきた。
「菜都実ぃ?」
少し遠慮がちに呼んでみると、やはり親友の上村菜都実だった。
「どうしたのよ。なんか浮かない顔してるし、こんなに地味なの着ちゃって。最初分からなかったんだから」
佳織の言うとおり、普段はラフな格好が多い菜都実が、今日はグレーの上下であることも二人の判断を遅らせた原因でもある。
それにまだ彼女の進学先である専門学校の入学式には早すぎる。
「うん、ちょっとそこまでね。買い物と野暮用」
「うん?」
買い物というには少々雰囲気からして違う気がする。商店街へはどのみち方向が一緒なので再び三人で歩き出す。
ふと菜都実が足を止めたのは花屋の店先だった。
実際は寒くても、カレンダーは確実に春になっているので、冬場には出ていなかった柔らかい色彩が店頭に並んでいる。
しばらく考えた後、菜都実は一人で店に入り、小さな花束を包んでもらい戻ってきた。
「わぁ、ピンクのチューリップだぁ。もうすっかり春だねぇ」
菜都実を待っている間に、茜音も店先に並んでいる彩りを見て、後で買って帰ろうかと考えていたほどだったが、佳織はそれよりも別のことを考えていたようだ。
「菜都実がそういうの自分から買うなんて珍しい」
「そらぁ、あたしだって一応女だし……?」
菜都実はその小さい花束を大事そうに抱え、次の場所へと向かう。
「あのさ……。もっかいちょっと持っていてくれていいかな?」
「うん。いいよ。じゃ待ってるね」
本来なら自分たちも買い物をするはずのスーパーマーケットの前で、二人は菜都実から渡された花束を持って待つことにした。
「菜都実、どうしたんだろ……。ちょっと普通じゃないみたい」
「やっぱりそう思う?」
普段は必要な時以外フィルターをかけたように天然系キャラを演じている茜音が気づくくらいなら、佳織はその空気をとっくに読み取っていたようだ。
もっとも、茜音も真剣に本領発揮をすると、誰もが驚くほどの読心力を発揮することになるので、二人とも菜都実に会ったときに感じていたことをようやくここで口にしただけなのかもしれないが。
「なんかちょっと落ち込んでいるというかぁ」
「そうねぇ……。でも、まだ由香利ちゃんの日じゃないはずだしなぁ」
「だよねぇ」
一昨年の冬、菜都実は双子の妹である由香利を亡くしている。茜音はそのとき菜都実を励まそうと傷心旅行にも同行した。
彼女の心の傷の深さも、時々墓前にも行っているというのも知っている。しかし、今は墓前の妹に会いに行くという雰囲気ではない。もっと重い何かがあるような気がした。
しばらくして菜都実が小さな袋を持って出てきた。袋から透けて見える品物に気づくと、ますます目的地がそちらではないことをはっきりと確信できた。
「どうすっかな……。二人とも来る?」
「ほえ? い、いいの……?」
なにやらこれ以上踏み込んではいけないような気がしていたので、どうやってこの場を収めようか考えていたのに、菜都実は正反対の提案をしてきた。
「うん……。逆に二人ならいい答えが出るかもしれないし」
菜都実は茜音から花を受け取り、二人についてくるように促した。
時間は数ヶ月遡ることになる。
「さむぅいぃ!」
「まったくー、早く暖かくならないかねぇ」
高校の卒業式も無事に終わり、少し長めの春休みに突入した片岡茜音と近藤佳織は、進学先で必要な物の買い出しに出ていた。
3月とは言っても、ここ数日は寒の戻りと天気予報でも言われていて、空は曇りで薄着では外出できそうもない。
そんなせいか、桜の便りもまだしばらくかかりそうだ。
「ねぇ、あれって菜都実かなぁ…?」
「ん? そうだなぁ。珍しいあんな格好して」
二人が立ち止まった先の路地から、一人の女性が出てきた。
「菜都実ぃ?」
少し遠慮がちに呼んでみると、やはり親友の上村菜都実だった。
「どうしたのよ。なんか浮かない顔してるし、こんなに地味なの着ちゃって。最初分からなかったんだから」
佳織の言うとおり、普段はラフな格好が多い菜都実が、今日はグレーの上下であることも二人の判断を遅らせた原因でもある。
それにまだ彼女の進学先である専門学校の入学式には早すぎる。
「うん、ちょっとそこまでね。買い物と野暮用」
「うん?」
買い物というには少々雰囲気からして違う気がする。商店街へはどのみち方向が一緒なので再び三人で歩き出す。
ふと菜都実が足を止めたのは花屋の店先だった。
実際は寒くても、カレンダーは確実に春になっているので、冬場には出ていなかった柔らかい色彩が店頭に並んでいる。
しばらく考えた後、菜都実は一人で店に入り、小さな花束を包んでもらい戻ってきた。
「わぁ、ピンクのチューリップだぁ。もうすっかり春だねぇ」
菜都実を待っている間に、茜音も店先に並んでいる彩りを見て、後で買って帰ろうかと考えていたほどだったが、佳織はそれよりも別のことを考えていたようだ。
「菜都実がそういうの自分から買うなんて珍しい」
「そらぁ、あたしだって一応女だし……?」
菜都実はその小さい花束を大事そうに抱え、次の場所へと向かう。
「あのさ……。もっかいちょっと持っていてくれていいかな?」
「うん。いいよ。じゃ待ってるね」
本来なら自分たちも買い物をするはずのスーパーマーケットの前で、二人は菜都実から渡された花束を持って待つことにした。
「菜都実、どうしたんだろ……。ちょっと普通じゃないみたい」
「やっぱりそう思う?」
普段は必要な時以外フィルターをかけたように天然系キャラを演じている茜音が気づくくらいなら、佳織はその空気をとっくに読み取っていたようだ。
もっとも、茜音も真剣に本領発揮をすると、誰もが驚くほどの読心力を発揮することになるので、二人とも菜都実に会ったときに感じていたことをようやくここで口にしただけなのかもしれないが。
「なんかちょっと落ち込んでいるというかぁ」
「そうねぇ……。でも、まだ由香利ちゃんの日じゃないはずだしなぁ」
「だよねぇ」
一昨年の冬、菜都実は双子の妹である由香利を亡くしている。茜音はそのとき菜都実を励まそうと傷心旅行にも同行した。
彼女の心の傷の深さも、時々墓前にも行っているというのも知っている。しかし、今は墓前の妹に会いに行くという雰囲気ではない。もっと重い何かがあるような気がした。
しばらくして菜都実が小さな袋を持って出てきた。袋から透けて見える品物に気づくと、ますます目的地がそちらではないことをはっきりと確信できた。
「どうすっかな……。二人とも来る?」
「ほえ? い、いいの……?」
なにやらこれ以上踏み込んではいけないような気がしていたので、どうやってこの場を収めようか考えていたのに、菜都実は正反対の提案をしてきた。
「うん……。逆に二人ならいい答えが出るかもしれないし」
菜都実は茜音から花を受け取り、二人についてくるように促した。