「結局朝までずっとしゃべっててぇ。ちょっとまだ眠いかもぉ」
「そうなんだ。でも、楽しそうだなぁ。男はあんまりそういうのないからなぁ」
健が途中で買ってきたおかずを暖めながら笑っている。
茜音は止まらないあくびをこらしながら、ダイニングテーブルに肘をついて座っていた。
菜都実の店で夜明けを迎え、一度家には帰ったものの、軽い朝食とシャワーを浴びた後、健と待ち合わせをしていた家の方に移動していた。
新年度からは、これまでの別荘的な扱いから、正式にこの家が茜音の下宿先となる。実際には家自体彼女の物なので『下宿』と言えるかは微妙なところだけど。
片岡家のマンションからは勉強道具や衣類を少しずつ運び出しつつある。
その段ボールを開けて自分の部屋まで持って行く力仕事を健が手伝ってくれることになっていた。
そして寝不足で作業が遅れ気味の茜音の代わりに、健が昼食を用意しているところだった。
「そういえば、未来ちゃんは昨日大丈夫だった? 今日も健ちゃんひとりで出てきちゃって平気だったの?」
茜音は二人分のお皿をテーブルに置きながら、気になっていたことを聞く。
あれだけ周りから言われてしまったのは、未来があの場で口火を切ったとしても少々可哀相な展開となってしまった。
「うん、今日は部活だって。それにあの後はおとなしかったよ。もらったネックレス大事そうに今朝もつけてたし」
「そっかぁ。それならよかったぁ。チョーカーの方が可愛かったんだけど、好き嫌いあると思ってねぇ」
あの日、後ろに未来がついてきていると分かっていながらも、茜音は未来にもお土産を考えるのを忘れなかった。
「本当にあの騒ぎが嘘みたいにおとなしくなっちゃったし、朝も機嫌が悪いわけでもなさそうだし。里見さんも気味悪がってたよ」
「そうなのぉ?」
茜音は面白そうに笑うと、
「里見さんも健ちゃんも未来ちゃんとずっと一緒にいたんでしょぉ? 未来ちゃんは本当はおとなしい女の子だよぉ」
「そうなんかなぁ」
茜音の言うとおり、未来との時間は圧倒的に自分の方が長いのに、茜音の洞察力はその時間ですらカバーできない部分を見抜くことがある。
「未来ちゃん、ずっと寂しかったんだよ。それに、わたしが来ちゃって健ちゃんを取られるって思ったから、少しでも目立っておきたかっただけ。だから、わたしと健ちゃんがちゃんと未来ちゃんを見ていくってことが分かったから、未来ちゃんは元のおとなしい女の子に戻っただけなんだよ」
「茜音ちゃんが言うんなら、本当なんだろうな」
「わたしたちの小さかったときにも、そういう子がいたよね。目立っておきたいって思う子がねぇ。でもそれには悪気はないんだから、怒っちゃダメだよ」
「茜音ちゃんにはまいったなぁ」
これではどっちが本職だかわかったものではない。
「わたしたちがちゃんと世話をするって事も条件なんだから、ちゃんと未来ちゃんのことはいつも気にしているよ。それに、未来ちゃんも、もう少し大きくなるときっとモテると思うんだよなぁ」
どちらかと言えば自分とは正反対の魅力を持っている未来。最近の風潮なら自分よりも男の子の受けはいいと茜音は予想していた。
「変なのに引っかからないように見張るのが僕の役目かもな」
「ははは。大丈夫だよぉ。きっといい男の子連れてくるよぉ」
「なんか、親みたいな会話になってきてるね」
「未来ちゃんは家族なんだもん。未来ちゃんにも幸せになって欲しいなぁ」
一つの論点ではようやく決着が付いたが、これからもいろんな事でぶつかってくることだろう。
「ま、僕が珠実園にいさせてもらえているのも、それをちゃんと見届けるのが仕事だからね。特別扱いは出来ないけど。それなりにみんなちゃんと巣立っていくんだからさ」
「そっかぁ。さぁて、午後も早くやっちゃおう。今日は昨日の分も寝ないとなぁ。健ちゃんはこの後戻るんだよね?」
この後、健は平日は仕事が終わった後に通う定時制の高校に向かうことになっている。
「また明日早く来るよ。差し入れ持ってくるから」
「はぁい。それじゃ未来ちゃんと里見さんによろしくねぇ」
健を玄関先で手を振って見送り、門扉と家の扉に鍵をかける。
「ふぅ~。明日までに少しは片付くかなぁ…」
結局、あまり作業も進まないうちに睡魔に負けてしまった茜音。
しかし一つだけ、健に持ってきてもらった未来の写真を家族や健と一緒に並べることだけは忘れなかった。