「あれ、茜音は?」
「そう言えば遅いな?」
店内に残された佳織と菜都実は、車を見送っていたはずの茜音が店先にいないことに気づいた。
学校のカバンなどがまだ残ったままなので帰ることはないはずなのに、姿が見えないのでは心配になる。
「茜音!?」
思わず外に飛び出してみると、近くの防波堤の上にぽつんと座っている影が見えた。
「大丈夫?」
「うん? うんー。平気だよぉ」
「あんなに無理しちゃって。疲れたんじゃないの?」
二人から見ていたら、本当にどうなるかヒヤヒヤしたものだった。
「まぁ、あそこまでいきなり出てくるとは思わなかったけどねぇ。未来ちゃんも必死だったんだよ」
茜音は苦笑している。
「でもさ、本当にあんたは人間が出来てるなぁ。あんなふうに言われて、淡々とできるなんてさ。あたしだったら正反対に叩いちゃったかも」
「菜都実も手が早いんだから。でも、私も冷静ではいられないかもね」
「こうやって、三人でゆっくり話すことも、なかなか出来なくなるんだねぇ……」
ぽつりとつぶやいた言葉に二人ともハッとする。さっきも同じようなことを言っていたけれど、いよいよその時が来たと思うと、自然としんみりとしてしまう。
「でも、大丈夫じゃん。仕事もあるわけだし、学校での時間がなくなるだけだし」
「うん。そうだね」
全員それは分かっている。それでもそれぞれが新しい進路に進むことになれば、そこでの新しい生活が自分たちを変えていくことも分かっていた。
「でも、茜音のおかげで忘れられない高校生活になったと思うし、このあとどういうふうに変わっていっても、集まりさえすれば自然に帰ってこられるんじゃないかな」
「まー、あたしは大して変わらないと思うから、二人が帰ってこられる店を開けておくのが仕事になるかねぇ」
菜都実は照明を落とした店を振り返る。
「どうだろうねぇ、菜都実は男の子ができたら変わっちゃうかもしれないよぉ?」
茜音の生活も健と再会したことでかなり大きな変化があった。今は目立って交際している様子がない二人にも、それぞれの相手が出来れば多少なりとも変化は出てくるだろう。
「うーん。どうだろうな。あんま変わらないと思うよ?」
「えー、それどういうことぉ?」
二人から突っ込まれ苦笑いする菜都実。
「ちゃんと紹介しろよぉ? はぁ、そうなるとシングルは私だけかぁ」
佳織が天を仰ぐ。
「まだ全然分からないし、茜音の話に比べればちっぽけな話だけどさ……。佳織なんかは年下にいつももてるんだから、すぐにできるんじゃない?」
「そうだよぉ。いつもわたしのこと助けてくれたから、今度は佳織も幸せにならなくちゃねぇ」
帰宅の準備をしなければと思うが、三人ともなかなかそんな気分になれなかった。まだ色々話したいことが残っている。そんな思いが共通に残っているようだった。
「ねぇ、今日泊まってく? 明日の仕事はないでしょ?」
菜都実が三人分の毛布を持って降りてきた。
「そうだねぇ。この制服でいられるのも最後だから、今夜は付き合ってもらおぉ」
三人で窓のブラインドを閉め、店で一番奥のテーブルに陣取りそこだけ明かりを灯す。この席も前年の夏までは作戦室として三人がよく使っていた場所だった。
佳織も給湯器のお湯で紅茶を作って、テーブルにドンと置いた。
「茜音、戸締まりお願い」
「分かった」
自宅への連絡を終えた二人が鍵を閉めたりブラインドを下ろす。その間に菜都実が残っていた食パンを使って簡単なサンドイッチを作ったり、スナックをお皿に盛ってくれていた。
「さてぇ、女子会の夜は長いぞぉ!」
「今度からこういう形になりそうだね」
三人は顔を見合わせて笑った。