「さぁ、こっちにどうぞ」
「ほえぇ……」
昨日会った時よりも髪を短くこざっぱりとさせていた。
彼もまさかこういうお店だとは知らされていなかったのだろう。茜音の隣に座るように勧められ、多少緊張した面持ちだったのは仕方ないことだろう。
「せっかくなんでね。こういうのは早いほうがいいだろう?」
「お父さん……、それはそうだけどぉ……。心の準備がぁ……」
茜音は苦笑した。タイミングを見計らって紹介することは話していたが、まさかこの席に両親が彼を呼んでいたとは想定外だったから。
「茜音だって、彼に会いに行く日にこちらの想像できないようなことしたんだから、これで帳消しだな」
「はうぅ。まぁいいかぁ。というわけで健ちゃん、こういうことする両親だから覚悟してねぇ」
「う、うん」
気を取り直したように、茜音は顔を赤らめて言った。
「お父さん、お母さん。10年ぶりに、ようやく会うことができた松永健君です」
茜音が初めてこの夫妻に会ったときのように、その後の会話は全員リラックスして進められた。
そのときの会話で、茜音が養子となって施設生活を離れたあとも、彼の方はその後も里子に出されることも無く、今も施設で暮らしていることが分かった。
そして、昼間は施設の手伝いをしながら収入を得て、夜は定時制高校へ通っている生活だという。
「ずいぶん苦労してるんだな」
「そうかもしれませんが、僕にとってはここまで育ててもらえた場所ですから。来年3月で退所の日の後は、職員として働いていくことも大体決まってます」
「そうか。うちの茜音はそういう厳しさをまだ知らんな。君からすると頼りないかもしれないぞ?」
そんな言葉にも、彼は首を振って答えた。
「茜音さんは十分に苦労して頑張ってきてます。それに、僕の状態を昔から本当に理解してくれるのは、茜音さんしかいませんから……」
「そうか」
大人二人は満足そうにうなずいた。
「茜音、率直に聞こう。実際に再会してみてどうだろう。お前の思ったとおりだったか? 気持ちは変わらなかったか?」
「うん。思ったとおりだった。それに、わたしの気持ちは今も変わらないよ」
茜音の声に迷いはなかった。他の面々も一番の鍵を握る彼女がはっきりした態度を示せば異論を挟むことはできなかった。
「松永君。まだ結婚と言うには少し早いが、これからも茜音を支えていって欲しい。君たち二人ももう18歳だ。二人のことは二人で相談して決めなさい。ただ、他の人の迷惑になったり心配をかけることだけはしないように。二人なら心配するまでも無いかもしれないがな」
「ありがとぉ……」
「ありがとうございます」
今日はこれをやりたかったから、昔の家を返したのかと茜音はこのときになって気づいた。
「茜音、あの家はどうする。すぐにでも移ってもかまわないんだが?」
「ううん。まだ当分は今の家にいるよぉ。準備に急ぐ必要ないから。ただ、お泊りとかは増えるかもしれないねぇ……」
ここに来るまでの道中、菜都実と佳織には空いている日を教えてもらうようにスマートフォンからメッセージを打ってある。
あの家からなら三人とも学校に十分間に合うので、週末を過ごすことなども計画しようと思っていた。