未来が青ざめているのを見て、健も苦笑いだ。

「里見さんも薬がちょっと強すぎですかね」

 彼は頭をかき、未来の方を向いた。

「僕も前から言って来たけどね。未来ちゃんの気持ちはありがたいけど、それは君が言っていたような昔からの思い出からだけじゃなくて、去年10年ぶりに会って、茜音ちゃんの素直な気持ちを聞いて、僕も真剣に考えて決めたんだ。僕は茜音ちゃんの側にいるって」

「兄さん……」

「未来ちゃんの気持ちは嬉しいよ。僕の判断が君を傷つけることになることも分かってる。でも、先日のようなことがあると、いつかは茜音ちゃんや周りにも迷惑がかかっちゃうかもしれない。だから、もう僕のことは考えない方がいいよ。もちろん、今までどおりに珠実園の中での関係は構わないけれど、そのことを頭に入れておいて欲しいな」

「うん……」

「健ちゃん、みんなも、もういいよ」

 しばらく黙って様子を見ているようだった茜音は、健を牽制する。

「未来ちゃんは、わたしよりいい男の子を見つけられるよぉ。だから大丈夫だよぉ」

 複数から言われてしまい、鼻をすすり上げるようになってしまった未来をかばうように背中側から抱き寄せて茜音は言った。

「茜音姉さん……」

「うん。未来ちゃんの気持ち分かってるよ。未来ちゃんが寂しい思いしちゃうのも分かってる。でも、どうしたらいいのかが分からなくて……。ごめんね未来ちゃん……」

 茜音に抱きしめられ、未来は体の向きを変えてしがみつく。自分の左肩のところで小さな嗚咽をあげる未来の頭を撫でる茜音。

「未来ちゃん、寂しいんだよね。だけど、未来ちゃんを必要としている素敵な男の子に絶対会えるから。だからこれまでどおり、未来ちゃんは何も変える必要はないんだよぉ」

「うん」

 それまでの未来の態度からは、健を取られると危機感を募らせる彼女が、恋敵である茜音の発言で収まるとは周囲は思っていなかった。

 しかし実際にはそうではなく、未来の気持ちを柔軟に受け止めてあげる用意がこれまでなかったことが原因だと茜音は考えていた。そしてその読みは当たっていた。

「もうね、茜音姉さんには敵わないってずっと前から分かってた。どうすればいいか分からなくて……」

「うんうん。そんな時はもっと素直に出していいんだよぉ」

 茜音は佳織にカバンを持ってきてもらうと、その中から小さな紙袋を取り出した。

「これねぇ、いつも一緒にいるよっておまじないねぇ」

 未来を体から離し、その首に細いチェーンのネックレスを付けた。

「いいの?」

 未来はびっくりしたように、そのネックレスを触る。小さなクローバーのアクセントが付けられていて、制服の時にも目立たないような大きさになっていた。

「これ、この前健ちゃんと二人で選んだんだよ。あのときだって未来ちゃんのことを忘れていたわけじゃないんだよ」

「うん。ありがとう」

 再び涙ぐんだ未来に茜音は優しい笑顔で頷く。

「もう遅いから、今日はもうおやすみだよ。明日から私は春休みだからいつでも来ていいよぉ。もっとゆっくり話そうよ。ね?」

 最初とは一変して茜音のそばを離れたくなさそうな未来を珠実園に戻る二人に託す。

「健ちゃん、今日はお疲れさまぁ。また連絡するよぉ」

「うん、おやすみ茜音ちゃん」

 里見の運転する車の後部座席に健と未来が並ぶ。

「またねぇ」

 茜音は車が見えなくなるまで店の外で見送っていた。