周囲の心配そうな顔をよそに、茜音の声は落ち着いていて、いつもと変わらなかった。

「あのね未来ちゃん。わたしたちには、あれはちゃんとしたデートだったんだよ?」

「そうなんですか? 無理に言わなくてもいいんです!」

「うん、興奮しないでぇ。あのね……、わたしのデートってね、『どこに行くか』とか、『何をするか』じゃなくて、『誰と行くか』が一番大事なんだよ」

「誰と……行くか?」

「そう。誰と行くかなんだぁ」

 自分の中に想像もしていなかった答えを聞いてきょとんとする未来に、茜音は笑顔で返す。

「未来ちゃんの想像するような、遊園地とか水族館とかにお出かけするデートも健ちゃんは誘ってくれるし、そういうデートも大好き。でもね、わたしたちはね、どこでもいいんだよ。それこそ、近所の公園でも構わない。ゆっくりお話できること、一緒にお買い物できること、なんでもいいの。特別なことは何も要らない。二人の時間が過ごせたらそれでいいんだぁ」

 茜音の自然体な口調や表情からも、無理をしているようには全く見えない。

「わたしはこれまで誰ともお付き合いしてこなかったし、だから他の人たちとは違うかもしれないね。でも、わたしが欲しいのはブランドのバックとか宝石の付いた指輪とかじゃないの。一緒にいてくれる健ちゃんの時間は、健ちゃんからしかもらえないし、それは絶対にお金で買えたりするものじゃないんだよね。わたしが一番欲しいのはそれなんだぁ。多少気まずくなったって、時には喧嘩しちゃってもいいと思うよ? 仲直りすればそれもいい思い出なんだよ」

 当初の佳織たちにとっても、茜音から報告されるデートの内容には謎が多かった。未来が思った感想も当然のようにわいてきた。

 しかし、それを話す茜音がいつも満足そうにしているのを見て、いつの間にか普通なんだと感じるようになっていた。

「そこまでね。未来ちゃん」

「そうだな。君には悪いけど、今の茜音ちゃんには誰も敵わないよ」

「里見さん、マスターさん……」

 茜音が振り向くと、里見の声に続いたのは一度奥に戻っていたマスターの菜都実の父親だった。

「未来ちゃんの気持ちは分かるけどね、今の未来ちゃんのままじゃ、正直茜音ちゃんの相手にならないな」

「そうですか? それは歳とかは違いますけど」

 まだ深い面識がないマスターに断言され、未来は少し苛立ったようにふくれた。

「歳とかじゃないんだよ。未来ちゃんと茜音ちゃんじゃ、そもそも恋愛の条件自体が今のを聞いただけでも分かるじゃない? 茜音ちゃんが欲しがってるのはひとつだけ。見方を変えれば、もの凄く贅沢な条件よね。『その人の時間が欲しい』って。それがこの前の二人のデートだったって思えば全て納得できるんじゃない?」

 里見は未来にゆっくり問いかける。

 里見自身も、これまでぼんやりとあった茜音の健への思いというものをこの場ではっきりと聞いて、ついに未来に確固たる意見を言うことが出来る確信を得た。

「そうかもしれないけど……」

「そうでしょ? それに、ここで一番困ってるのは茜音ちゃんじゃなくて、健君じゃないの? 未来ちゃんの気持ちも知ってしまっているから、一番苦しいのは健君なんじゃないかな?」

「兄さんが……?」

 未来は顔色を変えて健を見る。

 これまでは茜音を問いつめることしか頭になかったけれど。そうなのだ、カギは彼が持っているのだから……。