『カラン』

「ありがとうございましたぁ」

「茜音ちゃんと佳織ちゃん、まだこれからもよろしくな」

「はぁい。またお待ちしています」

 夜も11時近くなり、店の外に出て最後のお客さまを見送る。

「はい、今日はこれで終わりにしようか」

 いつもどおり、店頭の灯りを消して中に戻ると、片付けを終えたマスターがのびをした。

「よし、終わったー!」

「ねぇ、健ちゃんの帰りはどうするの?」

 お店用の服から、来たときの制服に戻って荷物を片付けながら茜音は健に聞いた。

「うーん、お迎えが来るはずなんだけどね」

「そうなんだぁ」

 最後の戸締まりを菜都実に任せ、父親のマスターは2階へ上がっていった。

「あー、疲れた。なんか、茜音の姿を学校でもう見られないってのが不思議なんだなぁ」

「うん?」

 ソファー席に座っている菜都実は、楽譜とピアノの掃除をしながら片付けている茜音に言った。

「なんかさぁ、茜音と出会ったおかげで普通とは違う高校生活だったなぁって思ってさ」

「そうかなぁ?」

「絵に描いたような青春を見たって言うかさぁ。ねぇ佳織?」

 帰り支度を終えた佳織は菜都実の向かい側に腰を下ろす。

「そうだね。よかったんじゃない? いい経験になったと思うよ。本当にこれから同じクラスじゃないって嘘みたいね」




 そこまで言ったとき、表に車の音がした。

「健ちゃん、お迎えが来たよぉ」

「うん」

 まだ鍵を閉めていなかった店の扉を開け、里見と未来が入ってくる。

「茜音ちゃん、もう体は大丈夫?」

 里見は健からあの後起きた茜音のピンチの話を聞いて、ずっと気にしていた。

「はいぃ。あの日は健ちゃんに心配かけちゃいました……」

 そんな茜音に、未来がつかつかと歩み寄る。

「茜音姉さん、この前はよかったですか?」

「うん?」

 突然何を言われたのか理解できずにいると、未来はもう一度聞き直す。

「この前の、兄さんとの1日は楽しかったですか?」

「あぁ、あの日ねぇ。うん、よかったよぉ。でもわたしが倒れちゃって最後はわたしが失敗しちゃったけどね……」

 しかし、それを否定するように首を横に振る。

「行ったところは全部いつも行っているところだったじゃないですか。それに、ずっとお店まわりだったじゃないですか」

「うん。そうだったかもしれないねぇ」

 未来がだんだん口調を強めていくので、その場は一瞬で緊張が高まるが、茜音は相変わらずマイペースのままだ。

「それが終わったら、ただしゃべっていただけなんて、あんなのデートって言えないじゃないですか?」

「そっかぁ、未来ちゃんにはデートに見えなかったんだぁ」

「当然です、デートってもっと違うことするんじゃないですか? それも全部買い物が自腹なんて、兄さんにとってもあれはデートじゃなかったんじゃないですか?」

「僕もか?」

 突然の展開にくわえ、いきなり矛先を向けられた健はびっくりして茜音を見る。

「当然でしょ? 女の子って男に優しくされて、思われているって感じることに幸せを感じるのに、あれじゃ何にも感じられないじゃない」

「いきなりそう言われてもな……」

「なるほどねぇ、そう考えていたんだぁ」

 茜音は動揺する他のメンバーに向かって心配無用と笑顔で頷いた。