まさか、厨房に立って手伝いをしていたのが、この半年ですっかり茜音のパートナーとして落ち着いた健だとは、茜音も聞かされていなかった。

「今日は臨時のバイトでね。それに、茜音ちゃんがここにいるきっかけになったんだから今日この場にいる資格は十分にあるだろう?」

「はいぃ……」

 入学した日に出会ってから3年間。いろいろな事件があったにせよ無事に三人とも高校を卒業し、次への進路も決まったことを祝うもの。

「合格発表の日の最初の茜音ったら、本当に今と変わらないなぁ」

「へぇ、それまだ言うのぉ?」

 高校時代に菜都実と佳織が初めて茜音に出会ったことから始まり、最後の1年と最近までの思い出話に花が咲いた。

「本当にさぁ、こういう高校生活は予想しなかったな」

 佳織が感慨深げに漏らした。

「茜音って、他人の人生まで変えちゃうところが凄いわぁ。悪い方じゃないからみんな納得しちゃうけど」

 菜都実が奥からドリンクの氷を補充してきて続ける。

「そうかなぁ?」

「だって、この店だって2年前はこんなに繁盛してなかったよ? ねぇ?」

 このウィンディは、そもそもヨット乗りや釣りのレジャーを楽しんだ後の時間をゆったり過ごせるようにと個人経営の喫茶店としては大き目の店構えだ。だから以前は一番混雑する週末でも満席になることはなかった。

 しかし、最近は週末ともなると、そもそもの層以外のお客さんが増えたために満席という日も珍しくなくなった。

「本当に、茜音ちゃんと佳織ちゃんには頭が下がったよ。メニューも増やしてくれたし、茜音ちゃんの演奏のおかげで夜が忙しくなったからね」

 マスターの言うとおり、二人がアルバイトに加わってからと言うもの、どちらかと言えば男性向けが多かったメニューに、甘味や軽食の種類も増やし、女性や家族連れが来店しやすいようにした。

 それ以上に、店の一角に張り出されているスケジュールの日は夜まで混雑がやまない。

 茜音が菜都実の妹のピアノを引き継いで始めた生演奏は、今ではすっかりこの店の名物となってしまっている。普段はフリルのエプロンを付けたマイペースの店員も、この時は別の顔を見せる。

 プロからもお墨付きと言われるその腕前は、今ではピアノだけに留まらず、自宅にあったバイオリンの演奏も披露することもあり、店の雰囲気をぐっと引き締める。

 この時間を目的に来客する人もいるおかげで店の売り上げは予想以上に伸びていたという。

「これで二人がいなくなると痛いんだよな」

 この店が実家の菜都実はいいとして、茜音と佳織がいなくなってしまうのはウィンディにとっても大きな損失となるだろう。

「そうだねぇ。あたしは大丈夫かなぁ。茜音はどうするの?」

 佳織も当面は実家から通うことになっているので、このまま続けることは問題ない。

「うーん。平日毎日は厳しくなるかもしれないですけどぉ、週末なら続けられるかなぁ」

 平日は横須賀の家ではなく、横浜の実家から学校に通うことを考えている茜音。しかし、最低限の生活費などを稼がなければならないのも事実なので、日数は少なくなってしまっても仕事を続けさせてもらえるのであればありがたい。

「交通費もちゃんと出すから、いつでも来て欲しいな。こいつも喜ぶし」

 マスターは菜都実の頭に手を置いた。

「はぁい。続けられる限りは頑張ります」

 結局、今後の時給のアップも約束してもらい、この日も結局最後まで手伝っていくことになった。