「それじゃ、みんなまたねぇ」
「片岡さんたち、またお店に行くね」
教室を出ようとする三人にクラスメイトから声がかかる。
「うん、いつでも会いに来てねぇ」
「お幸せにね~」
「あぅ、それはまだだよぉ」
1年間過ごした教室とも、今日でお別れだ。
「あら、片岡さんも卒業生ね。無事卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
さっきまではまだ多くの生徒や教師がいた校舎内、今はその数もだいぶ少なくなっている。
あの夏を越えて、もはや学校のヒロイン伝説を作った茜音のことを知らない者はいなくなった。
胸に花飾りを付け、卒業証書の筒を持って階段を下りていく姿を見て、もう彼女が校内で見られないのを惜しむ声も聞こえるくらい、その存在は愛されるようになっていた。
「片岡せんぱーい!」
「あ、こんにちは。今日はどうしたの?」
パタパタと走ってくる下級生たちは、学校の中でも茜音を熱烈に応援してくれた2年下の女子二人だ。
「茜音、先に門の所に行ってるね」
「うん、すぐ行くねぇ」
菜都実と佳織は他の生徒や教師たちに挨拶をしながら昇降口へ歩いていった。
「どうしたのじゃないですよ。今日が最後じゃないですかぁ!」
「あはは、どっか遠くに引っ越しちゃうわけでもないのに、オーバーだなぁ」
二人が息を切らしながら茜音の前に駆け込んできた。
「だって、もう学校の中で先輩見られないのは寂しくて」
「うん、わたしも寂しいよ。二人にもいろいろ心配かけたね……」
この二人は中学生の頃に茜音の存在をインターネットのSNS上で知り、その時から応援してくれていた。
高校をこの桜峰に決めたのも、茜音がいるからという理由を教えてくれたこともあった。
「本当に、遠くに引っ越しちゃったりはしないんですよね?」
二人は少し心配そうにしていた。茜音の通う短大は都内にキャンパスがあるため、横須賀から通学するのか、地元を離れてしまうことが心配のようだ。
「遠くに行くことはないかな。今のお家は出て、横浜で一人暮らしを始めるつもり。でも授業がない週末とかは帰ってくるし、お店の方にはしばらくはお世話になるから。何かあったらいつでも遊びに来てよぉ」
「はいっ、分かりました。あのぉ、なにか記念品みたいなのもらえませんか?」
「あはは、やっぱり欲しいの?」
いわゆる『制服の第二ボタン』的なものを記念品として引き継ぐのはよくある話。ただ相手が同時に二人となると、少し考えてしまう。
「そうだねぇ……。何がいいかなぁ」
しばらく自分の服装を見ていた茜音。
「じゃぁ、この2つをあげるよぉ」
制服の襟のところから、学年色が入っていないリボンタイと校章のピンを外した。
「い、いいんですか?」
二人は予想以上の品物に、逆に緊張してしまっている。
「うん。二人とも卒業まで2年あるから、使ってあげてねぇ」
「はいっ!」
「それじゃぁ、いつもありがとうねぇ。またお話ししようねぇ」
後輩の二人に丁寧に頭を下げると、手を振りながら出口へ向かった。