昔と変わらないこの部屋の天井。
「ママ、まだいないの……?」
目覚めた茜音の声は小さくて、部屋の外には聞こえていないようだ。
窓から差し込んでくる光には、彼女の名前と同じく茜色が混じっている。
朝、突然熱を出した茜音は、幼稚園をお休みした。
しかし、両親にはどうしても外せない音合わせのリハーサルがあるとのことで、茜音が困らないようにお昼ご飯などを用意し、早く切り上げてくることを約束して出かけていった。
薬が効いていて、さっきまで熟睡できていたせいか、身体は楽になっていた。それでも茜音はじっと寝ていなければならないという言いつけを守っていた。
「なんにも聞こえないの、いやだよぉ」
シンと静まり返った家の中の沈黙に耐えきれなくなり、たたんであったショールを肩からかけて窓の下にある台によじ登る。
高台にあるこの家の正面2階にある茜音の部屋の窓からは住宅地と少し離れた市街地の一部が見える。その日の天候や時間によって街の色が変わる。この景色が好きで茜音はずっとここを遊び部屋にしてきた。
そして幼稚園の年長になった今年の春、ようやく自分の部屋として与えてもらえた。それまでは夜も家族三人で川の字になっていたのを、彼女専用のベッドを入れてもらい、来年の小学校入学に備えてと机も先日入った。
しかし、その「自分の部屋を持つ」状況が逆に彼女の寂しさを膨らませる結果となってしまった。
同じ部屋に他に誰も寝ていないことから、恐がりの茜音は部屋を完全に暗くすることが出来なくなった。
近くのコンセントに常夜灯を付けてもらったとしても、まだ夜になっていないこの時間にもかかわらず部屋に一人ぼっちになっている。
これまでは共通の部屋だったから、両親が帰ってくれば真っ先に茜音のことを気づいて声をかけてくれた。しかしこれからはそうは行かない。
この部屋に入ってこようという行動がなければ、茜音は大好きな二人の顔を自分から探さなくてはならない。
「うぅぅ……」
少しずつ暗くなり、灯りがつき始めたまわりの家々。しかしこの家はまだ暗いままだ。
急に寂しさがこみ上げて、再びベッドに戻る。
「ママぁ、パパぁ……」
何度もつぶやくが、家の中にある物音は彼女が発するものだけだ。
「ママ……」
その1時間後、練習を途中で切り上げ先に帰宅した母親が家に帰って真っ先に開けた部屋は、愛娘が一人留守番をしていてくれた場所。
常夜灯の薄明かりの部屋の中、彼女は布団の中で膝を抱え小さくうずくまり、泣き疲れて眠っていた。
「茜音……」
平熱まで下がっているのを確認して、一度身支度を整えてくると、その夜は茜音のベッドで一緒に休む。
翌朝、目を覚ました茜音がその状況に気づいて1日甘えていたのは言うまでもない。