気がつくと、窓からは明るい朝日が入ってきている。
「あれぇ……」
小さく声を出すと、茜音の母親が振り向いた。
「気がついた?」
「おかぁさん。どうしているの……?」
この部屋は間違いなく自分の家で、寝かされているのも茜音のベッドだ。
「健君がね、連絡してくれたの。私が着くまで茜音の看病してくれていたのよ。さっきお医者さんにも来てもらって、注射打ってくれたから。薬も出してくれて今日いっぱいは安静にしていなさいって」
言われてみれば、左腕に小さな痛みが残っている。枕元には薬の袋も置かれていた。
「先生、びっくりなさってたわよ。あんなちっちゃかった茜音がこんなに大きくなったのかって」
思い出す。この家にいた当時も茜音はよく風邪を引いた。でも、両親の仕事柄やギリギリまで我慢してしまう茜音の性格も手伝い、気づくのは茜音がダウンしてからのことが多かった。
夜中に急診に駆け込んだり往診にきてもらったりも多かったので、覚えていてくれたのだろう。
当時世話になっていた病院の名前は電話台のところに張ってあったので、それを見て連絡してくれたようだ。
「そっかぁ……。健ちゃんは?」
最後にはっきりと覚えているのは、朦朧として身体が動かなくなってしまった自分を抱えてタクシーに乗せてくれたところまでだ。
その後は一体どうなったのか。きっと心配しながらここまで運んでくれたに違いない。
「私が来たから、ちょっと用事があるって出て行ったわよ。でも、もうすぐ戻るって連絡があったけど」
「そっかぁ。それじゃぁ安心だぁ」
「もぉ、この子は。そうよね、私より彼の方が茜音にはいいお薬よね」
図書館の仕事をしている彼女は、日曜日でも当番があるため、茜が目を覚ましたことを確認すると部屋を出て行った。
お気に入りの窓から清々しい風が入ってくる。昨日と同じように暖かい日になるそうだ。
「健ちゃんに謝らなくちゃ……」
せっかくのデートの最後があれでは、健になんと弁解していいか分からない。
朝から調子が悪いのは気がついていたけれど、まさか途中で気を失うようなことになるとは予想していなかったから。自己管理ミスは素直に反省しなければならない。一緒にいてくれたのが彼だったのがせめてもの救いだ。
表に車の音がして、しばらくして部屋の扉が開いた。
「よかった。目が覚めたんだ」
「健ちゃん……」
「そのまま。うん、顔色もだいぶ戻ったみたいだね。本当によかった」
起きあがろうとする茜音を制し、いつもと変わらない優しい顔で覗きこむ。
「昨日の買い物がロッカーに入ったままだったから取りに行ってきたんだよ。僕の分も入ってたからね」
見覚えのある袋を持ってきてくれていた。
「そっか。ありがとぉ。そこに置いてくれればいいよ」
健も昨日はそんなことはすっかり忘れていた。とにかく茜音を無事に寝かさなければと思いここまで抱きかかえてきたのだから。
「……健ちゃん。ごめんなさい……」
「いいんだ。元気になれば、いつでもやり直せるから。茜音ちゃんの身体が一番大事だよ」
「そうだよね。ありがとうね」
薬のせいか、彼の顔を見て安心したのか、茜音にまた睡魔が襲ってくる。
「茜音ちゃん。早くよくなって、また行こうな」
健が濡らしたタオルを額に乗せなおしたときには、茜音は再び小さい寝息を立てていた。